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第31話 もう、自分の心は分かってる
しかし、予想に反して彰の唇は、俺の唇に触れる手前で止まった。奴は、俺を見つめてクスリと笑った。吐息が唇にかかる。
「昴太。あれはね、弟」
「――は?」
俺は、一瞬意味が理解できずにぽかんとした。
「僕、弟の匠と暮らしてるんだよ。一緒に検討するのに便利だからね」
――そういえば、彰の弟、そんな名だったっけ。プロ五段て、馨が言ってた気がする……。
「というわけで、僕はフリーだから、たとえマスコミに君とのことを報じられようが、何の問題も無いわけだ。むしろ、昴太が僕のものだって世間にアピールできて、好都合なくらい」
――じゃあ何? 俺、独り相撲してたわけ……?
俺が呆然とした隙を見逃さず、彰は素早く唇を重ねてきた。
「――んっ」
押し退けようとしたが、彰は俺を両腕で抱きしめると、更に深く口づけてきた。前回の触れるようなキスとはまるで違う、淫らで執拗なキス。強引に入ってきた舌が歯列をなぞり、俺の舌に絡みつき、口内を蹂躙する。俺は彰を振りほどこうとしたが、奴はますます力を込めてくる。意外なほどの力の強さに、俺は戸惑った。
――碁打ちなんて、運動してるイメージ無いのにな。陰で、鍛えてんのかな……。
こんな状況なのに、そんなどうでもいい考えが、俺の脳裏をよぎる。ようやく唇が離れる頃には、俺はその場にへたり込みそうになっていた。彰は、そんな俺の手をつかむと、「行こう」と促した。
「行くって、どこへ?」
「ホテル」
俺はぎょっとした。
「な……! お前、俺から求めるまで待つって、言っただろうが!」
「うん。でも君はもう、僕のことを求めてくれてるでしょ? だから妬いたんじゃないの?」
彰が、俺の頬を撫でる。俺は赤くなって、目を伏せた。
「そんなわけあるかよ……」
小さな声で言い返しながらも、俺にはもう、自分の心が分かっていた。
――ああ、そうだよ。彰が好きだ。あれは確かに、嫉妬だった……。
彰が、俺の手を引いて歩き出す。俺はもう、拒まなかった。
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