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第38話 愛人の子なんだよな

「その……。彰のことで、ちょっと知りたいことがあって。本人には聞きづらくて聞けてないんだけど、天花寺家って、もしかしてちょっと複雑だったりする?」  弟とは血が繋がっていない、という彰の台詞が、俺は気になっていた。囲碁界の裏話に詳しい馨なら、もしかして知っているかと思ったのだ。とはいえ、ストレートに聞くのははばかられ、鎌をかけてみたのだが、馨は意外にもあっさり頷いた。 「ああ、彰七段て、愛人の子なんだよな」 「ええーっ」  思ってもみなかった事実に、俺は目を剥いた。  ――馨が知っているってことは、有名な話なのか!? 「これ、囲碁界じゃ有名な話だぜ。お前は、プロの話題に興味ないから、今まで知らなかったんだろうけど」  馨は、俺の心を読んだように続けた。 「天花寺義重九段は、ずっと黒川詩織(くろかわしおり)女流六段と付き合っていたんだよ。でも、政略結婚で今の雪乃夫人と結婚することになった。結婚後も二人の関係は続いた。一方、雪乃夫人にはなかなか子供ができなかった。天花寺家は囲碁の名家だ。どうしても跡取り息子が欲しい。それで義重九段は、愛人の詩織さんに男の子を生ませて、引き取ることにした。それが彰七段だよ」  想像を絶する彰の生い立ちに、俺は愕然とした。 「でも、奥さんは、そんなのOKしたわけ? それに実の母親も、自分が産んだ子を手放したってことかよ?」 「跡取りが必要だと、天花寺一族が雪乃夫人を説得して押し切ったみたいだ。詩織さんは……どうなのかな。好きな男の子を産みたいと思ったのかもしれないし。俺にはよく分かんないけど……。いずれにしても、ドロドロだよな。妻も愛人も、同じ女流棋士だし」  ――じゃあ彰は、ずっと継母に育てられてきたのか。それも、憎い愛人の子として。いったい、あいつの育った環境って、どんなだったんだろう……。  俺は何だか、切なくなった。 「まあ結局、雪乃夫人にも男の子は産まれたんだけどな。それが匠五段。その後は、葵って女の子も産まれたし」  馨が続ける。俺はふと、違和感を覚えた。  ――じゃあ、彰と匠って、腹違いの兄弟ってことだよな。それにしては、彰は随分はっきりと、血が繋がっていないと言い切っていたが……。  馨の説明を聞いても、俺は何だか、釈然としないままだった。

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