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第39話 仲直りしたってことで

 馨が帰った後も、俺は彰のことを考えていた。  ――そんな複雑な家庭に育ってたんだ。  『父の名は、二度と口にしないように』という彰の言葉が蘇る。彼は、父親のことも憎んでいる様子だった。  ――父親は、実の父親のはずなのにな。  実の母親を愛人のままにして、挙句に子供を引き取って正妻に育てさせて……。そんな振る舞いが許せなかったのかもしれない、と俺は想像した。天花寺義重が卑怯で冷たい男だというのは、俺自身が身に染みて知っていることだ。俺は何だか、彰が気の毒になってきた。  ――彰の実の母親って、どんな人なんだろ。  俺は、スマホで棋院のホームページを開くと、棋士のプロフィールを探した。  ――この人か。  黒川詩織六段。ロングヘアで、目鼻立ちのくっきりした女性だった。一言で言って、美人。髪と目は、茶色がかっていた。きっと彰は、母親似なのだろう。  ――何でこの人も、自分の息子を手放すかなあ。  俺は、しみじみと彼女の写真を見つめた。その時、スマホが鳴った。着信画面には、見知らぬ番号が表示されていた。  ――誰だろ。  訝しみながら応答すると、聞き覚えのある声が耳に流れ込んできた。 「風間か? 俺、速水だけど」  ――拓斗。  俺は息を呑んだ。 「番号変わってなくてよかった。少し、話せるかな」 「――何」  俺は警戒しながら尋ねた。 「その……。今さらだけど、謝りたくて。高校の時のこと。俺、お前にひどいこと言っただろ? 本当、ごめん。あんまりびっくりして、パニックになっちゃったんだよな」 「……」 「我ながらガキだったと思うよ……。その後も、考え無しに他の奴らに喋ったりして。ずっと謝らなきゃって思ってたんだけど、ついずるずる来ちゃって。でも昨日、お前と偶然会って、踏ん切りがついたんだ」 「――別に、もういいよ」  今さらそんなことを言われたところで、あの辛かった日々が消えるわけでも無いではないか。俺は仕方なく相槌を打ったが、拓斗はそれを聞くと、一転して明るい声になった。 「そう言ってくれて、ありがとう! じゃあさ、仲直りしたってことでいいよな?」

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