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第53話 俺が何か手を打つべきではないか

  ――あーっ。また、やられたい放題、やられちまった……。  微妙に悔しい思いで、俺は彰に背を向けてごろりと横を向いた。すると、スマホの通知が目に入った。馨からだった。  ――そういえば、今日は囲碁サークルだったな。あいつ、いずみさんに上手く接近できたんだろうか……。  気になった俺は、スマホに手を伸ばした。しかし、その手は届かなかった。彰に手首をつかまれたのだ。 「何すんだよ!」 「僕に抱かれてる時は、僕のこと以外考えないで」  彰は、俺を再び仰向けに押し倒すと、両手首を捕らえてベッドに押さえつけた。瞳は、肉食獣みたいに光っている。 「も、もう終わっただろ……」  嫌な予感に駆られ、俺の声は情けなくも裏返った。 「一回で終わると思った? というか、本当は期待してるでしょ?」  たった今彰の欲望を受け入れたばかりの場所を撫でられ、俺は観念したのだった。  週明けの『文月』は客が少なかった。俺が暇を持て余していると、仕事帰りの馨がやって来た。 「よう、どうだった? 囲碁サークルは。いずみさんと、ちゃんと話せたか?」  すると馨は、はーっとため息をついた。 「それがさあ、全然脈無しって感じなんだよ」 「そうか……」  俺は落胆した。親友の恋は応援してやりたいし、いずみさんにも真っ当な道へ戻って欲しい。ここは俺が何か手を打つべきではないかと考えていると、馨はこんなことを言い出した。  「もしかして彼女、もう新しく好きな人ができたのかなあ」  俺は内心、ぎくりとした。 「別にそんなことは……」 「やあ、風間くん、巽くん」  そこへ、爽やかな声が割り込んできた。顔を上げると、今まさに俺の脳裏に浮かんでいた人物が立っていた。 「今日は、お客さんが少ないみたいだね」  洋一さんは、ぐるりと店内を見回す。そうですね、と俺は頷いた。 「なら風間くん、ちょっと抜けて、コーヒーでも飲みに行かない? 奢るよ」  洋一さんがそんなことを言うのは珍しい。躊躇っていると、横から馨が「いいなあ、俺も連れてってくださいよ」と言い出した。 「仕事の話もあるから、今日は風間くんと二人がいいんだ。巽くんは、また今度ね」  洋一さんがにっこり笑う。仕事の話と言われれば断りづらく、俺は彼に従うことにした。

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