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第55話 恋の力は偉大だな
「ん? 話、終わったのか?」
俺が『文月』に戻ると、馨はちょうど一局打ち終えたところだった。
「いやー、今常連さんたちとも話してたんだけど、名人戦第二局、楽しみだよな! 俺、遅めの夏休みが取れたから、現地での解説会に行く予定なんだよ」
「お、そうなのか?」
俺はちょっと迷ってから、自分も行くのだ、と告げた。行くこと自体は人に話しても構わないと洋一さんは言っていたから、大丈夫だろう。
「へえ、プロ嫌いのお前がか? 珍しいじゃんか」
馨は目を丸くした。
「ははん、さては彰七段の影響だな?」
馨が都合よく勘違いしてくれたので、俺はそれに合わせることにした。
「まあな」
「おーっ。恋の力は偉大だなあ。――あ、もしかして昨日の夜も、彼と一緒だった?」
「え、何でそれを」
俺はぎくりとした。
「だって、お前にしちゃ、○インの返信が遅かったからさ」
「う……。すまん……」
――だって、返信しようとしたら、彰の奴が押し倒してきやがるから……。
その時の記憶が蘇り、俺は思わず顔を赤らめた。そんな俺を見て、馨はちょっとたじろいだようだった。
「おい……。昴太、俺はお前の性癖を理解してるし、差別する気も無い。でもな、頼むから、想像させることだけは止めてくれ」
「分かった、分かった」
俺は慌てて、話題を切り替えた。
「それより、場所が金沢っていいよな。楽しみだ」
「ああ。新幹線やホテルは、もう取ったか? せっかくだから、一緒に行動しようぜ」
「あー、悪い。実は、どっちももう予約してしまってな」
「何だ、つれない奴だな」
馨は残念そうな顔をした。
「ホテルって、○○だろ? あの辺、他に無いからな。じゃあ、ホテルで落ち合おうぜ」
うん、と俺は頷いた。たまにはこういうのも悪くないな、と思いながら。
彰から電話がかかって来たのは、その翌日のことだった。
「来週の水曜、会わない?」
そう言われて、俺はドキリとした。水曜は、洋一さんから頼まれた解説会の日なのだ。
「名人戦第二局だろう? 生中継を観ながらその話でもできたらと思って。この前は、匠の騒ぎでゆっくり話せなかったしね」
「いや、ええと……」
どうしようか迷った挙句、俺は嘘をつくことにした。洋一さんから口止めされたということもあるが、彼の仕事を手伝いに行く、などと言ったら、彰が余計なヤキモチを焼きそうだからだ。
「オフのはずだったけど、臨時で仕事が入ったんだ。悪いけど、また今度」
早口で言い訳を述べ立てると、俺は詮索されないうちに大慌てで電話を切ったのだった。
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