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第56話 こんなキャラだったっけ

 いよいよ名人戦が幕を開けた。火曜の夜、俺は新幹線に乗った。名人戦は今日明日の二日かけて行われ、解説会は明日水曜に行われる。洋一さんの計らいで、俺は前泊させてもらえるのだ。  洋一さんが取ってくれた指定席は、二人掛けの通路側だった。窓側には、若い女性が座っている。会釈して隣に座ろうとすると、女性が顔を上げた。その瞬間、俺はフリーズした。  ――いずみさん? 「風間先生? わあ、偶然ですね」  何とそこに座っていたのは、いずみさんだったのだ。俺は信じられない思いで、もう一度座席番号を確認した。間違いなく、この席だ。  ――どういうことだ。こんな偶然が、あるだろうか……。 「綾瀬さん、もしかして名人戦の解説会?」  予想通り、彼女は大きく頷いた。仕方なく着席した俺に向かって、いずみさんは驚く様子も無く、にぎやかに話しかけてくる。俺は何だか、違和感を覚えた。  ――彼女、こんなキャラだったっけ。  内気で控えめ、というのが俺のいずみさんに対する印象だった。しかし今日の彼女は、やけに馴れ馴れしく俺に話しかけてくる。よく見れば服装も、前と比べて随分派手になっていた。  ――洋一さんの影響かな……。 「やだ、先生。どうかされました?」  自分を凝視している俺に気づいたのか、いずみさんはわざとらしく口に手を当てて笑った。 「そうだ、先生。せっかくだから記念に、一緒に写真を撮りません?」 「ええっ? それは、ちょっと……」  スマホをスタンバイする彼女に、俺は戸惑った。 「一枚だけですから、お願い。私、風間先生と写真を撮るの、夢だったんです」  いずみさんは、うるうるした瞳で俺を見上げてくる。ゲイの俺にとって、そんな仕草は魅力的でもなんでもないが、正直振った手前、罪悪感はあった。 「じゃあ、一枚だけな」 「ありがとうございます!」  いずみさんは、喜々として俺とのツーショット写真を撮った。その後も彼女は、やけにハイテンションだった。俺は馨の話題を持ち出しては、さりげなく勧めたが、彼女が興味を示す気配はいっこうに見られなかった。  ――馨。お前、やっぱり諦めた方がいいかも……。  けしかけたのは自分だというのに、俺は何だか弱気になってきたのであった。  やがて、金沢に到着した。恐れていたとおり、いずみさんが泊まるのは同じホテルだった。くっついて来ようとする彼女をどうにか撒いて、俺はチェックインをしにフロントへ向かった。  しかし、名を告げた俺に向かって、フロントマンは言った。 「風間昴太様。本日ツインでご一泊ですね」

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