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第58話 全て陰謀だよ

「松井さんに木村さん、こんばんは」  彰は、常連客たちに如才なく挨拶した。 「次回のイベントのネタに名人戦を使うので、打ち合わせを兼ねて昴太と一緒に来たんですよ。綾瀬さんとは、行きの新幹線で偶然一緒になりましてね。彼女、昴太のファンだから、記念に僕がツーショットを撮ってあげたんです」  彰の口から次々と飛び出す嘘に、俺はあっけにとられた。しかし常連客たちは、納得した様子で頷いた。 「彰先生と風間先生は、普段から仲がよろしいですもんなあ」 「そうそう、イベントの時なんか、息がぴったりですよ。そうですか、お仕事の打ち合わせですか。ご苦労様です」  すると彰は、意味深な笑みを浮かべた。 「ええ。昴太とは大の仲良しですよ。名前で呼び合うくらいにね」  ――こいつ、調子に乗りやがって……。  そして彰は、いずみさんの方を向き直った。 「質問があるんですよね? 熱心なのはいいことですが、男性の部屋に来るものじゃありませんよ。指導ならロビーでしますから、降りて待っていてもらえませんか?」  表情はにこやかだが、目は笑っていない。ぞっとしたのは、俺だけではなかったようだ。 「いえ……大丈夫です。すみません、失礼します!」  いずみさんは、逃げるように去って行った。常連客たちも、それぞれの部屋へ戻って行く。誰もいなくなると、彰はようやく俺の方を向いた。 「彰。何でここに?」  すると彰は、俺を見つめてため息をついた。 「部屋で話そうか」  部屋へ通すと、彰はベッドにどさりと腰掛けた。彰にしては珍しく、乱暴な動作だった。奴は、ぼーっと立ったままの俺をぎろりと見据えた。 「まだ気づかない? 今回のことは全て、文月九段の陰謀だよ」

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