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第64話 彼女を貸してあげるよ

 その翌日、朝一番に洋一さんの部屋を訪ねた俺は、彼に金の入った封筒を突き付けた。 「これは、お返しします」  キッとにらみつけると、恐らくいずみさんから話を聞いていたのだろう、洋一さんは「彰くんか」と呟いた。 「まあ、騙したのは悪かったよ。風間くんは真面目だから、正直に打ち明けたところで、協力してくれないだろうと思ったんだ」 「当たり前じゃないですか! 不倫の片棒なんて、担げませんよ!」  語気を荒げると、洋一さんはため息交じりに「ほらね」と言った。 「でも、その金は返さなくていいよ」 「何でですか! 協力できないって、言ってるでしょう!」 「いやいや、これは君に対するお詫びだよ。不愉快な思いをさせて、申し訳なかったからねえ。慰謝料と思ってもらったらいいよ?」 「結構です!」  洋一さんは、どうしても受け取ろうとしない。頭に来た俺は、封筒を机の上に置くと、踵を返して部屋を出ようとした。しかし洋一さんは、なおも俺を引き留めてくる。 「まあ、少し話そうか」  背後から肩に手をかけられ、俺は仕方なく立ち止まった。洋一さんはそのまま、俺の肩を抱くようにして耳元で囁いた。 「それともう一つ、君への慰謝料があるんだけど」 「だから要りませんて!」  力任せに洋一さんの腕を振りほどこうとしたその時、彼はとんでもない台詞を吐いた。 「カムフラージュに利用されたから君は怒ってるんだろう? だったら、それを真実にすればいいじゃないか。いずみを、君に貸してあげるよ」  俺は耳を疑った。

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