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第65話 辞めさせていただきます

「君はいずみを振ったそうだね。まあタイプじゃないかもしれないが、そうはいっても風間くんは若い。どうしても女性が欲しくなる時もあるだろう。そういう時に、いずみを貸してあげようと言ってるんだ」 「洋一さん……。あなたは、何を考えてるんですか」  今度こそ腕を振り払って洋一さんの方を向き直ると、彼は狡猾そうな笑みを浮かべていた。 「僕は、彼女を共有しても構わないよ?」 「何てことを……。いずみさんの気持ちはどうなるんです!」   新幹線の中での、彼女の必死な様子が蘇る。きっと彼女は、本気で洋一さんが好きなのだろう。だから、無理をして演技していたのだ。しかし洋一さんは、平然と言い放った。 「同じ男同士なんだから、綺麗事は言わずに一緒に楽しめばいいじゃないか。あの女は、僕の言うことなら何でも聞くんだよ」  もう我慢の限界だった。頭に血が上った俺は、洋一さんの横っ面を張り飛ばしていた。 「女性を何だと思ってるんですか! 由香里さんに言いつけますよ!」  ゲイの俺だが、こんな風に女性をまるで物みたいに扱う態度には、本気で腹が立った。しかし、洋一さんに怯む様子は無かった。彼は叩かれた頬を押さえながら、にやりと笑った。 「由香里に言いつける? 風間くんにできるかな? 何しろ、君は優しいからね……」  ――確かに、由香里さんがこのことを知ったら、どれほど傷つくだろう……。  俺の性格は、完全に見抜かれているようだった。ぐっとつまった俺に、洋一さんがずいずい近づいて来る。彼は、再び俺の肩をつかんだ。ただし、さっきの倍の力で。 「大体、君は立場が分かってるのかな? インストラクターなら、他にもゴマンといるんだよ?」  プツン、と俺の中で何かが切れた。俺は、洋一さんの顔をにらみつけて宣言した。 「分かりました。『文月』を辞めさせていただきます」

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