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第68話 もう顔を見たくも無い
――彰を連れて来れば良かった。
俺は心底後悔した。あいつは詭弁の天才だ。あいつなら、この場も切り抜けてくれたかもしれない。しかし、いないものは仕方ない。馨に見つめられて観念した俺は、一連の事情を洗いざらいぶちまけた。
「と、いうことなんだ。全ては洋一さんの罠で、俺は引っかかっちまった。だから金は返して、『文月』は辞めることにした。せっかくお前が紹介してくれたのに、辞める羽目になって、本当に申し訳ない」
「そんなことは別に構わない」
馨は、意外にも冷静だった。しかし、ほっとしたのも束の間、馨は目を吊り上げた。
「でもな。今の話を聞く限り、お前はいずみさんと文月九段の関係を知ってたってことか?」
俺はドキリとした。俺の表情を見て、馨は全てを悟ったようだった。
「昴太。お前な! 文月九段と不倫してるって知ってて、彼女を俺に勧めたのかよ!」
馨の顔は怒りで紅潮していた。いつもおっとりしているこいつがこんなに怒るところなんて、初めて見る気がした。上手に嘘をつけない自分の性格が、俺はつくづく恨めしかった。
「それは……。お前といずみさんはお似合いだと思ったし、お前の気持ちも知ってたから、上手くいって欲しくて……。隠してたのは、悪気があったわけじゃない。知ったら、お前がショックを受けると思ったから……」
「だからって、嘘ついていいとでも思ってんのか! 友達の俺を騙して、お前は平気なのかよ!」
「騙すとか、そんなつもりじゃ……」
「結果的には、そうだろうが! 昴太、俺はな、お前がゲイでもなんでも、友情に変わりは無いと思ってた。だから、ずっとお前の恋を応援してきた。これまではノンケを好きになってばかりでなかなか実らなかったけど、彰七段とは上手くいけばいいって、本気で思ってた。それなのに、お前の仕打ちはこれかよ!」
返す言葉も無く、俺はうつむいた。
――やっぱり彰は正しかった。本当の理由を打ち明けるべきじゃなかった。
「――ごめん。悪かった」
「出てけよ。お前の顔なんて、もう見たくも無い!」
とりつく島も無かった。俺は、すごすごと馨の部屋を去った。こうして俺は、仕事と親友をいっぺんに失ったのだった。
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