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第70話 観ていて欲しいんだ

「うん、忙しいのは知ってるけど、差し入れくらいいいかなって。ファンの人からもらったおすそわけだけどね」  彰が持って来たのは、洋菓子や和菓子の数々だった。現金なもので、俺は思わずにやけてしまった。 「美味そう! でもいいのか、こんなにもらって?」 「僕は甘いの苦手だし。匠も、小食だしね」  菓子は全く食べないという彰には茶だけを入れてやり、俺は早速シュークリームにかぶりついた。彰は、そんな俺のことをにこにこしながら眺めている。 「遠慮なく食べてね。昴太、ただでさえ細いのがますます痩せたみたいで、心配で」  言いながら、彰は俺のウエストの辺りを撫でまわす。若干手つきがいやらしい気もしたが、俺にしては珍しく噛みつかなかった。認めるのは癪だが、会えなくて俺も寂しかったのだろう。 「どう、生徒さん、獲得できた?」 「まあまあかな」  嘘だが、俺はちょっと見栄を張った。 「今教えてる人が、お孫さんも頼みたいって言ってるし」  これは本当である。昔から教えている宮川(みやがわ)さんというおじいさんが、中学生の男の子に習わせたいと言ってくれたのだ。 「それはよかったね。――そうそう、僕の方も報告があってね。今度、これに出場することになったんだ」  彰は、何やらチラシを取り出した。 「へえ、ペア碁の大会?」  これくらいは、俺でも知っている。男女のプロ棋士が二人一組となり、ペア同士で戦うトーナメント戦だ。出場するのは、タイトルホルダーを始めとする、実力派ばかりである。 「すげえじゃん。確かこれ、公開対局とかするんだよな?」  すると彰は、ちょっとはにかんだように笑った。 「うん……。あのさ、昴太が忙しいのはよく知ってるけど、この日は観に来てくれないかな? 昴太に観ていて欲しいんだ」  俺はドキリとした。いつも強引な彰が、こんな遠慮がちな物言いをするのは珍しい。それだけに、彰の真剣な思いが伝わってくる気がした。 ※ご参考:実際のプロ棋士ペア碁選手権は、2~3月に行われます。

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