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第71話 声を出さなければいいよね

「う、うん! 行くよ。ええと、対戦相手は誰なんだ?」  動揺を誤魔化すように、俺はばさばさとチラシをめくった。相手は何と、遠坂白秋(とおさかはくしゅう)七冠であった。彼と組むのは、遠坂晶子(あきこ)三段とある。七冠の義妹で、彼女もまた、女流の中では名の知れた存在だ。 「おい、七冠が相手かよ! また強敵と当たったな!」 「まあね。でも負ける気はしないけど?」  彰は、自信満々といった様子だ。俺はあっけにとられた。 「すげえ余裕だな……。で、お前と組むのは……あ、この人、解説会でお前の聞き手をしてたよな」 「うん」  それは、吉田菜乃(よしだなの)初段だった。馨も騒いでいた、囲碁界のアイドルである。チラシ上では、出場する男女のペアが写真付きで紹介されていた。彰と彼女が並んだ光景は、まさに美男美女としか言いようが無かった。  ――彰って、イケメンだし。俺なんかより、断然こういう子の方がお似合いだよな。  さっきもらった菓子も女性ファンからかな、という思いが俺の脳裏をかすめる。彰はイケメン棋士として有名だ。きっと女性ファンは多いだろう。そういえば菓子のセレクトは、いかにも女性っぽかった。 「何考えてるの?」  彰が、にっこりしながら俺の顔を覗き込む。 「急に黙り込んじゃって……。もしかして、妬いてる?」 「別に……んっ」  言葉の途中で、彰は俺の唇を塞いできた。啄むようなキスが繰り返された後、熱い舌が入って来る。俺は目を閉じて、彰の舌が口内をまさぐるのに任せた。いつもみたいに反発しなかったのは、久しぶりだったからだろう。正直、俺も彰が欲しかった。 「今日は素直なんだね」  彰の奴も気が付いたらしく、くすくす笑う。奴は、俺をフローリングの床に押し倒すと、性急にTシャツを脱がせた。  ――おい、せめてベッドまで連れてけよ……って、まあ、いいか……。  素肌が床に触れて冷たいが、かえって心地いいくらいだった。それくらい、今日は残暑が厳しいのだ。  ――ん、暑いだと? 「おい彰、ちょっと待て!」  彰は、自分も上半身裸になり、覆いかぶさってくる。俺は慌てて押し退けようとした。 「どうして?」 「窓とドア、全開だろうが! 閉めないと!」  ところが奴は、俺を再び押し倒してくるではないか。 「だって、電気代節約のために、開けておくんでしょ?」 「そりゃそう言ったけど! ――声が漏れるだろうが!」  じたばたと暴れる俺を、彰はやすやすとねじ伏せやがった。俺を見下ろす目が、キラリと光る。奴が何かを企んでいる時の目。 「じゃあ、声を出さなければいいよね?」  ――ああ。嫌な予感しかしねえ。

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