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第79話 最後まで観てやれば良かった

 その翌日、俺はとぼとぼと生徒宅へ指導に向かっていた。宮川さんという老人で、俺とは長い付き合いである。  結局あの後、俺がペア碁大会の会場に戻ることは無かった。拓斗を介抱したり、金をコンビニで引き出したりしているうちに、何かと時間が経ってしまったのだ。やっと戻ろうとした矢先、彰からメッセ―ジが届いたのだった。 『中押し(差が大きく開いて優劣がはっきりした時、対局の途中で勝負が決まること。KOのようなもの)で勝った』  普段の彰の○インは、沢山の丁寧な文章で埋め尽くされている。こんな風にぽつんと一行だけ送って来るなんて、初めてだ。そのことがすでに、奴の気持ちを表している気がした。  ――せっかく、俺に観ていて欲しいって言ってくれていたのに。最後まで観てやれば良かった。  俺は、何だか泣きそうになった。ぐっと堪えて、俺は奴に返事を送ったのだった。 『おめでとう。最後まで観なくて、ごめん』  その日宮川さんは、何だかぎごちない態度だった。俺が不審に思っていると、彼は突然こんなことを言い出した。 「風間先生、この前孫もお願いしたいって言っただろう? 申し訳ないけれど、あの話は無かったことにして欲しいんだ」 「えっ、どうしてですか」  俺は困惑した。新規の生徒が獲得できない上、既存の生徒も二人辞めてしまった今、正直その話に期待していたというのに。すると宮川さんは、唐突にこんなことを言った。 「つかぬことを聞くけれどね。風間先生は高校時代、化学の先生の間違いを授業中に指摘して、逆恨みされたことがあったりするかね?」  ――何で、そのことを。  突然過去のプライベートな話を持ち出され、俺はきょとんとした。そんな話を宮川さんにした覚えは無いのに……。すると彼は、なおも続けた。 「じゃあ、中三の時に、熱があるのに無理してマラソン大会に出て、途中棄権したことは?」 「――いったい、何なんですか」  どうしてそんなことを宮川さんが知っているのか。俺は訳が分からなかった。そして、この場で話題にする理由も。すると彼は、陰鬱そうにため息をついた。 「全部、本当のことのようだね。じゃあ、これも本当なのかな。男性が好きというのは?」  俺は、心臓が止まりそうになった。

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