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第82話 家賃が払えない

  ――馨は、そんな奴じゃない。  俺は、必死に自分に言い聞かせた。いくら、いずみさんと洋一さんのことを黙っていたことで、俺に腹を立てたからって……。  ――それに、あの音声。  俺の台詞からすると、あれは彰との二度目のエッチの時のものだ。彰のマンションを訪れて、匠さんが発作を起こした日。あの時匠さんと鞄の中身が入れ替わったから、彰が俺ん家ちへ俺の手帳とかを届けに来てくれて、その流れでああいうことになったんだった。つまり、時期的には、馨と喧嘩する前だ。  ――だから、あいつのはずが無い……。  一体誰がやったんだろうと思いながら、俺は帰宅してすぐ盗聴器探しに取りかかった。しかし、見つからない。  ――最近のは、結構見つけにくい方法で取り付けられてるって言うもんなあ。  俺は、前にテレビで見たドキュメンタリーを思い出した。番組では、素人が依頼して、専門家が発見器を使って調べていた。  ――でも、そんなの頼む金無いし……。  その時、スマホがメールの通知を告げた。別の生徒からで、契約を打ち切りたいと言う。  ――あのメールのせいか!  俺は、慌てて電話して弁明したが、取りつく島も無かった。その家には小学生の男の子もいるから、メールを読んで不安になったのだろう。  ――宮川さんのお孫さんの件も白紙になったし、やばい。家賃が払えねえ……。  そこで俺は、拓斗に貸した金のことを思い出した。もう給料は出たはずだ。こっちも緊急事態なんだし、督促させてもらおう。俺は、急いで拓斗の携帯にかけた。しかし、返って来たのはこんな音声だった。 『おかけになった番号は、現在使われておりません……』  俺は、青ざめた。嫌な予感がした。  ――まさか。でも、会社の名刺だってくれたのに……。  俺は、あいつの名刺を取り出した。この時間なら、まだ勤務中のはずだ。盗聴器のことは後回しにして、俺は家を飛び出した。  拓斗の会社のオフィスの入っているビルを訪れ、内線電話で奴を呼び出す。しかし、応答した女性は俺にこう告げた。 「速水なら、先月で辞めましたが」

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