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第84話 もう遅いわ

 ――謝る? まさか……。  俺はドキリとした。 「取りあえず、入れよ」  部屋に上げると、馨は照れくさそうな顔をした。 「悪かったな、いっぱいメッセ―ジをもらってたのに、無視して。昴太が、俺のためを思って黙ってたんだってことは分かってた。でも実際、隠し事をされると腹が立って……」 「いや、悪いのは俺だから」  言いながらも俺は、不安な思いだった。  ――わざわざそれを言うためだけに、来たのだろうか……。  すると馨は、ふと真剣な表情になった。 「実はな、今日来たのは、お前に忠告するためなんだ」 「忠告?」 「ああ。新条と、仕事絡みで関わってるって言っただろ? この前お前と遭遇した後も、しつこく飲みに誘われてな。仕方なくもう一度付き合ったら、その時行った居酒屋で、気になる会話を聞いてな……」  馨は、新条、その取り巻き、そして拓斗という前回のメンバーで飲みに行ったのだという。そしてたまたまトイレに立った際、拓斗が新条に、俺から金を借り逃げする計画を話すのを聞いたのだそうだ。新条も、拓斗をけしかけていたという。 『あいつならほいほい貸してくれるだろ。高校時代、お前に惚れてたんだし』 『惚れてたっていっても、昔のことだろ。そんなに上手くいくかな……』 『男が好きなのは変わってねえだろ。同情を引けば、いくらでも貸してくれるんじゃね? それにあいつの男って、囲碁の有名なプロらしいぞ。風間本人は金が無くても、そっちから引っ張れるかも……』  馨は、そこで口をつぐんだ。恐らくは、とても俺に聞かせられないような侮蔑的な会話をしていたのだろう、と俺は想像した。 「お前に早く知らせるべきなのは分かってた。でもあの時は、一番お前に腹を立ててた時期だったし……。それに、いくらお人好しのお前でも、そんなに簡単に金を貸したりしないだろうと思ったんだ。だからしばらく黙ってた」  馨は申し訳なさそうに言った。 「でも、やっぱり話すべきだと思って。だから今日来た。自分も同じように隠し事をしたんじゃ、お前のことを怒る資格無いもんな。ということで、拓斗が何か言って来たら気をつけろよ」 「――もう遅いわ」  俺は嘆息したのであった。

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