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第85話 こんなザマを知られたくない
「三十万も貸した? お前、馬鹿じゃねえ?」
馨は大声を上げた。何を言われても仕方ない、と俺はうなだれた。
「でもあいつ、ボコボコにされてたし。だから信じたんだよ……」
「自作自演じゃね? 新条が協力したのかもしれないし」
「なあ。拓斗の行方、分からないかな?」
俺は一縷の望みを抱いたが、馨はすまなさそうに首を振った。
「いや。俺も予感がして、拓斗に電話してみたんだが、携帯を解約されてた。新条にそれとなく聞くかだな……」
「悪い」
俺は、深々と頭を下げた。馨は、呆れたように俺を見つめた。
「『文月』も辞めたし、お前どうする気だ?」
「それなんだけど……」
俺はそこで、盗聴器の存在を思い出した。
「ちょっと、外で話そうぜ」
「は? 何で?」
「いいから」
俺は、馨をベランダに連れ出すと、生徒たちに俺を中傷するメールが送られたこと、この部屋に盗聴器が仕掛けられている可能性があることを話した。もちろん、一瞬でも馨を疑ったことはおくびにも出さずに。
「一体誰が……」
馨も唖然とした。
「分からない。でも、取りあえず……」
俺は、実家に戻る話をした。馨は真剣に聞いてくれた。
「でも、義理の親父さんがいるんだろ? 肩身狭くねえ?」
「そりゃそうだけど。でも、仕方ないし」
すると馨は、何とこんなことを言った。
「俺んちに来るか?」
「馨……」
俺は、胸が熱くなった。ひどい仕打ちをした俺に、そんなことを言ってくれるなんて。一瞬でもこいつを疑った自分が、今や恥ずかしかった。しかし俺は、きっぱりと首を横に振った。
「いや、そういうわけにはいかない。俺なんかと一緒に暮らしたら、お前までゲイの疑いがかけられる」
馨も、実家を出て一人暮らしをしているのだ。これから彼女も欲しいと言っているこいつを、そんな目に遭わせるわけにはいかなかった。馨はしつこく誘ってくれたが、俺は頑としてはねつけた。すると奴は、今度はこう言い出した。
「じゃあ、この際彰七段と一緒に住んだら?」
「いやいや、それもダメだって」
俺は否定した。
「あいつにこんなザマを知られたくないんだよ。恥ずかしいじゃんか」
『人の本質なんて、そうそう変わるもんじゃないんだからね』
彰の言葉が蘇る。気をつけろと言われていたのに騙されたなんて、言えるわけが無い。馨は納得のいかない顔をしていたが、俺は実家に戻るの一点張りで押し通したのだった。
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