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第86話 いい度胸だね

 それから二週間後。俺は引っ越しの日を迎えた。お袋に相談したところ、二つ返事で戻って来いと言われたのだ。むしろ、息子が帰って来るのを喜んでいる様子だった。隆之さんがどう思っているかは正直気になるところだが、この際他に手段が無い。俺は、馨に手伝ってもらって、大慌てで荷造りを終えた。彰には内緒だ。奴には、しばらく会えないと言ってある。引っ越してから、事後報告するつもりだ。  ――これで盗聴器からも逃げられるし。ひとまずは、一件落着かな……。  引っ越しの予定時刻が近づいた頃、インターフォンが鳴った。しかし、てっきり業者かと思ってドアを開けた俺は、フリーズした。そこには、彰が立っていたのだ。鬼のような形相をしている。 「あああ彰!? 何で……」  ちょうどそこへ、本物の業者がやって来た。彰は、一転して笑顔になると、スタッフたちに向かってこう告げた。 「お世話になります。急なことですみませんが、行き先を変更してもらえませんか? 場所は……」  彰が告げた住所は、何と奴のマンションだった。俺は目を剥いた。スタッフたちも困惑顔だ。 「今からですか? それはちょっと……」 「同じ都内ですよ? それに追加料金でしたら、いくらでもお支払いいたします。ひとまず、上の方に聞いてみていただけませんか?」  彰は俺を無視して、さっさと話を進めていく。スタッフたちは、渋々会社に確認した。するとどうやら、許可が下りたらしい。おまけに彰は用意周到にも、彼らへのチップを用意していた。どれくらい渡したのかは知らないが、すっかり懐柔されたスタッフたちは、あっという間に俺の荷物を運び出していく。俺は焦って、彰の服の袖を引っ張った。 「お前……何勝手に決めてんだよ!」  すると彰は、じろりと俺を睨んだ。 「勝手は昴太の方だろ。僕に黙って引っ越そうなんて、いい度胸だね? 今日ほど巽君に感謝した日は無いよ」  ――え。  ふと気づくと、スマホに馨からのメッセ―ジが来ていた。 『感謝しろよ! 同棲のきっかけを作ってやったぜ!』  ああ、と俺は今さらながら思い出した。この中学時代からの親友は、時として非常にお節介なのだと。

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