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第87話 彼はここを出るんだよ
「それで? 一体全体、どうして実家に戻ろうなんて考えたわけ?」
俺の荷物を全て自分のマンションへ運び込ませた後、向かい合ったリビングで、彰は俺を問い詰めた。声音もさることながら、その目つきの鋭さに、俺は縮み上がった。なまじ顔立ちが整っているだけに、迫力が半端ない。
――こりゃ誤魔化せねえな……。でも、盗聴や嫌がらせメールのことを話したら、心配するだろうから……。
観念した俺は、拓斗に三十万を踏み倒されたことだけを白状した。すると彰は、目を吊り上げた。
「君は、どれだけ馬鹿なんだ!」
バシンという音とともに、頬に鋭い痛みが走った。彰が、俺を張り倒したのだ。
「あれだけ、気をつけろと忠告していたじゃないか! 人の本質は変わらないって。君がいじめられる原因を作った挙句、見殺しにした男だぞ? それともまさか、この期に及んで未練があったの?」
「それは違う!」
俺は、必死に否定した。
「未練とか、そんなのじゃない。闇金とか殺されるとか言われて、心配になっただけだ……。でも、馬鹿だよな。それは認めるよ。それに、そのせいでお前の公開対局、見届けてやれなくて……。本当、ごめん」
「別に、そのことはもういい。――そりゃ、勝った場面を観て欲しかったけど」
彰は、ふっとため息をついた。
「とにかく、もう二度と僕に隠し事はしないでくれ。昴太を見ていると、危なっかしくて仕方ないよ……。でもまあ、これからは一つ屋根の下だから、少しは安心かな」
「彰、そのことなんだけど……」
本気で一緒に住むつもりか、と聞き返そうとしたその時、リビングのドアが開いた。
「ただいま。二人とも、夕食は済みました? まだなら、一緒に食べましょう」
匠さんだった。どこかから帰って来たようだ。
「うん、食べよう。どうだ、いい物件はあったか?」
立ち上がりながら、彰が匠さんに尋ねる。俺はえっと思った。
「あの、物件て?」
すると彰は、こともなげに答えた。
「昴太がここに住むから、匠はここを出るんだよ」
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