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第88話 世界で一番好き
「いやいや! そんなのダメですよ。俺のせいで匠さんが出て行くなんて、そんな……」
俺は焦ったが、彰は平然としている。
「いいんだよ。どちらかに恋人ができたら同居は解消する、と昔から約束していたから。なあ?」
「そうですよ。風間さん、気になさらないでください」
匠さんも、彰に同調する。
「で、でも……。匠さん、お体が弱いんじゃ?」
「最近は、具合もいいですし。いつまでも兄に甘えていられませんよ」
匠さんはにこやかに微笑むと、てきぱきと食事の支度を始めた。
「さあ、食べましょう。作り置きですみませんが」
匠さんが並べてくれたのは、肉じゃがに白和えなど、和風なメニューだった。彰に配慮してだろう、魚介系は一切含まれていないが。
「すごいですね。全部、匠さんが?」
「食事は、ほぼ匠が作ってくれるんだよ。僕もついつい甘えてしまってね」
目を丸くする俺に、彰が横から説明する。
「料理は趣味みたいなものですから。それに兄は今、タイトル戦の挑戦権を争う大事な時期ですし」
匠さんも、補足するように言う。
「風間さんこそ、料理はお得意なんでしょう? 兄が絶賛していましたよ」
「とんでもない。俺は単純なものしか作れないですよ。こんな白和えとか凝ったものは、とても無理」
俺が必死で謙遜しているというのに、彰の野郎は臆面も無くこんなことを言いやがった。
「僕は、昴太の料理が世界で一番好きだけど?」
「馬鹿! お前、そういうこと言うの止めろって!」
恥ずかしさでいたたまれなくなった俺は、慌てて話題を変えた。
「そういえば匠さんには、付き合っている人はいないんですか?」
「そんな人はいませんよ。今は碁一筋ですから。この世界で認められるまでは、恋愛どころじゃありません」
「何だか、もったいないですね」
――料理上手だし、気配りもできるし、モテそうなのに……。
「匠は、真面目だから」
彰が、からかうように口を挟む。そこで俺はふと、さっきから感じていた疑問をぶつけてみた。
「ところで、物件を探してたって言ってましたよね? 実家に戻ったりはしないんですか?」
――恋人と住むわけでもなし、体も弱いんだったらさ……。
しかしその途端、彰も匠さんも急に顔が強張った。
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