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第96話 ここで会ったが百年目

 ――なるほど。そういうことか。  来る土曜の夜。居酒屋で影山さんにまとわりつく女性の先生たちを見て、俺はははあと思った。彼女たちが影山さん狙いなのは、一目瞭然だ。どうやら俺の歓迎会というのは、単なる口実だったらしい。  ――影山さん、イケメンだし。優しいし仕事もできるし、そりゃそうだろうな。  海鮮チヂミを頬張りながら、俺は心の中で大きく頷いたのだった。俺の歓迎会なんて言いながら、俺に話しかけようとする女は一人もいない。フリーのインストラクターなんて、目じゃないのだろう。もちろんそれは、俺にとって好都合だった。  会がお開きになると、女性の先生たちは、影山さんを二次会に誘おうと目を血走らせ始めた。すると影山さんは、俺の傍に来ると、俺の肩を抱いて彼女たちに告げた。 「悪いけど、俺、この後昴太くんと二人で飲む予定だから。男同士の話がしたいんだよね」  その途端、女性陣が一斉に非難めいた声を上げる。同時にぎろりと睨まれて、俺は思わず身をすくませた。 「頼むよ。俺を助けると思って、口裏合わせてくれない?」  影山さんが、耳元で囁く。俺は仕方なく、話を合わせたのだった。 「さてと。どこの店にしようか?」  店を出た後、上手に女性陣を撒いた影山さんは、そんなことを言い出した。 「えっ、あれはフリでしょう?」 「まあいいじゃない。せっかくの歓迎会なのに、昴太くんとは全然話せなかったし……。ああ、遅くなると彼氏が怒るとか?」 「彼氏なら今晩留守だから、それは大丈夫ですけど……」  どうしようかな、と俺は逡巡した。匠さんと二人は気まずいから、できるだけ帰りは遅らせたいところだ。とはいえ、影山さんと二人で飲むのはまずい気がした。 「やっぱり、止めときます。ごめんなさい……」  謝って踵を返そうとしたその時、俺ははっとした。雑踏の中に、探し続けていた人物の姿が見えたのだ。  ――拓斗!  ここで会ったが百年目だ。何としても、金を返させないといけない。俺は、反射的に走り出していた。 「昴太くん、どうしたの。危ないよ!」  影山さんが俺を引き留めようとしたが、俺は振り切って拓斗を追った。あの後馨にも協力してもらったが、新条は拓斗の居場所をなかなか吐かないのだ。見つかったら教えてくれ、と拓斗の会社の人にも頼んでおいたが、まだ連絡は無い。俺は、この千載一遇のチャンスを逃すつもりは無かった。 「危ない!!」  影山さんの悲鳴のような声とともに聞こえたのは、自転車が急ブレーキをかける音だった。

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