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第106話 今夜は水入らずで

「匠、今夜は院生時代の友達の所に泊まるんだって。でも、それは口実みたい。自分のせいで、僕らがなかなか二人の時間を持てなくて申し訳ない、だから今夜は水入らずで過ごしてくれって、そう言ってたよ」  何も知らない彰は無邪気に喜んでいるが、俺はむかむかしてきた。  ――あいつ、友達なんかいないだろうが。ていうか、仮病まで使って俺らの邪魔をしたくせに、どの口が言うか……。 「どうしたの? 何だか、あまり喜んでいないみたいだけど」  彰が眉をひそめる。俺は慌てて、そんなことないと否定した。しかし頭の中は、疑惑と不信でいっぱいだった。  ――弁当を彰に届けさせたのは、影山さんの存在を彰に知らせる策略だろう。でも、わざわざ俺と彰を今晩二人にするってのは、どういう魂胆だ……?  ちなみに弁当は、中味をそっくり捨ててしまった。何が入っているか、分かったもんじゃないからだ。 「今夜は仲良く過ごそうね……」  彰が唇を重ねてくる。俺も目を閉じて、奴の口づけに応えた。彰の背中に腕を回してぎゅっと抱きつき、積極的に舌を絡める。まるで競争するみたいに激しく舌を吸い合った後、彰は急に俺の身体を離した。俺を見つめる眼差しが熱い。明らかに、欲情した男の顔。 「部屋へ行こうか?」 「まだ夕方だろ?」  俺の手をぐいぐい引っ張る彰に、俺は呆れた。 「いいだろう? 久しぶりなんだし。それにこんな機会は、滅多に無いんだから……」  ――そりゃ、そうだ。誰かさんのせいでな……。  彰は俺を強引に部屋へ連れ込むと、性急に服を脱がせ始めた。次第にその気になってきた俺も、負けじと奴の服に手をかける。俺たちは、あっという間に生まれたままの姿になった。 「今日は、昴太のベッドにしようか……」 「ん」   彰は、俺をベッドに押し倒し、身体をまさぐり始めた。久しく触れあっていなかったせいか、俺の躰はあっという間に昂っていく。俺の欲望がすでに形を変えているのを見て、彰はくすりと笑った。 「今日は、いくら声を上げてもいいからね」  ――声。  俺ははっとした。匠の言葉を思い出したのだ。 『音声はいくらでも入手できる……』  俺は、反射的に彰を押し退けていた。奴が不思議そうな顔をする。 「昴太。どうしたの?」 「やっぱり、止めようぜ」  この声が匠に聞かれているかもしれない、そう思ったらとても耐えられなかったのだ。しかし彰は、むっとしたような顔をした。 「一体どうして」 「悪い。でもやっぱり、別の時にしようぜ。それか、ホテルへ行くとか……」  言いながら俺は、彰の下から素早く抜け出ようとした。ところが彰は、俺の腕をつかむと、再び押し倒してきた。

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