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第108話 我慢を強いられてるんじゃない?

 翌日、彰と匠は二人とも手合い(プロの対局のこと)だった。オフの俺は、一人家で過ごしていた。  今朝、いったん家に戻って来た匠は、何食わぬ顔で『昨夜は水入らずで過ごせましたか』などと言いやがった。彰は適当にかわしていたが、俺たちの間に漂うぎごちない空気に、匠はきっと気付いたに違いなかった。それを考えると、悔しくてたまらない。  ――あの野郎、次は何を仕掛けてくるんだろう……。  それを思うと、憂鬱だった。この家を出ることも一瞬頭をかすめたが、それでは彰はますます誤解するだろう。それに、それでは匠に対して、負けを認めるようなものだ。  ――どうすっかなあ……。  その時、インターフォンが鳴った。モニターをのぞくと、そこには影山さんが映っていた。 「急にごめんね。昴太くんと二人で話がしたくて。彰七段、今日は手合いでしょ?」  リビングに上げてお茶を出すと、影山さんは言った。確かにプロの手合い日は、ホームページ等で簡単に知ることができるのだ。それにしても……。 「どうしてここの住所が?」 「悪いけど、履歴書を見ちゃった」  さほど悪いとは思っていなさそうな様子で、彼は言った。 「彰七段、昨日随分お怒りだったから、喧嘩でもしてないかと心配でね。次に昴太くんと仕事で会うのは大分先だし、気になったらいてもたってもいられなくて」  影山さんが挑発するようなことを言ったせいもあるけどな、と俺は内心思った。 「別に、大丈夫ですから」 「本当に? こう言っちゃなんだけど、彼、結構高圧的な感じがしたからさ。昴太くん、色々我慢を強いられてるんじゃない?」 「そんなことないですよ。そりゃあ、少し強引な面もあるけど……」  すると影山さんは、俺の顔をじっと見つめた。 「俺も同性が好きだから分かるんだけどさ、男性同士のカップルって、結構上下関係がある場合が多いんだよね。特に君たちの場合って、同じ囲碁関係の仕事でも、プロとアマチュアだろう? 無意識に、昴太くんは彰七段に引け目を感じてるんじゃないかって思って。お節介かもしれないけれど……」  何だかまた小難しい話になったな、と俺は思った。確かに昔、俺はプロ嫌いだった。それも、他ならぬ彰の親父のせいで。でも、彰がそれを払拭してくれたのだ。今の俺は、彰に対してコンプレックスも何も無い、と胸を張って言える。 「もう、徹郎さん、考え過ぎですよ。そんなことないですから。そうだ、お茶、もう一杯いかがですか?」  話題を変えようと、俺は腰を浮かせた。しかしその途端、影山さんは俺の手をつかんた。

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