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第111話 あいつの方を信じるのかよ

「――一体何のこと?」  彰は、きょとんとした顔をした。 「『文月』を辞めたことだよ! お前こそ、人のプライバシーを勝手に漏らしてんじゃねえか!」 「昴太。僕は何も言ってはいないよ」  彰が、当惑したような表情を浮かべる。確かに、匠は興信所まで使うやつだ。彰が話したわけじゃないのかもしれない、という思いが頭をかすめなくもなかった。でも、俺はもう止まらなかった。きっと、限界を越えていたのだろう。 「大体お前は、弟だからって、匠さんのことを信用しすぎなんだよ。あいつが、俺たちの仲を裂こうとしてるって、何で気づかねえんだよ!」 「仲を裂く? そんなこと無いだろう。昨夜だって、気を遣って外泊してくれたじゃないか。そりゃ匠が同居していたら、昴太はうっとおしいかもしれないけれど……。でも仕方ないだろう、彼は病気なんだから……」 「お前がそうやって甘やかすから、あいつは増長すんだよ! 大体あいつが発作って言うのは、仮病だ!」  バシン、と彰が俺の頬を張った。 「言っていいことと悪いことがあるぞ」  彰は、静かに俺を見据えた。 「僕が匠に対して過保護なのは、認めよう。でも、仮病とは何だ? 昴太、君はそんな人間だったのか?」 「俺より、匠さんの方を信じるのかよ……」  ぽろり、と俺の瞳から涙がこぼれ落ちた。 「恋人と弟なんて、比較するものじゃないだろう。でも、今の発言には、君を見損なったな」 「――分かった」  俺は、部屋に入ると鞄とスマホを引っつかんだ。彰が追いかけてくる。 「どこへ行く気だ?」 「どこでもいいだろ。そこどけよ」  俺は彰を押し退けて部屋から出ようとしたが、奴はドアの所に立ちふさがって、通してくれない。 「影山のところか? またあいつに泣きつくのか? 僕に暴力を振るわれたと?」 「どけってんだよ!」  その時、リビングで彰のスマホが鳴った。奴がそっちに気を取られた隙に、俺は部屋を走り出て玄関へ向かった。 「はい、天花寺です」  彰が、何事も無かったかのように応答するのが聞こえてくる。出て行こうとしているのは自分なのに、追いかけてもくれないんだな、という思いが俺の脳裏をかすめた。

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