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第112話 もう俺たち、ダメかもしれない

「何なんだよ、その弟……」  俺の話を聞き終えた馨は、あんぐりと口を開けた。行く当ての無い俺は、夜になるのを待って馨のアパートを訪ねたのだ。 「天花寺家がそんなだとは、さすがに知らなかったな。まあ、血は繋がってないわけだから、近親相姦にはならねえのか。それにしても、気持ち悪い弟だな……」  馨は、ぞっとしたような表情を浮かべた。 「取りあえず、その匠ってやつの本性を、彰七段に知ってもらわないといけねえよな」 「彰は、匠のことを信用しきってるから。もう俺たち、ダメかもしれねえ……」  あの後、彰からはうんともすんとも言ってこないのである。俺は、いつかの匠の台詞を思い出していた。 『誰にも、僕たちの絆を壊すことなんてできやしません……』  彰と匠は四歳違い。物心付いた時から助け合ってきたというのは、事実だろう。うなだれる俺を見て、馨は深刻そうに腕を組んだ。 「うーん。話を聞くに、匠が兄貴に依存してるのは、特殊な家庭環境が理由みたいだよな? だったら、天花寺家の誰かに協力を仰いで、その依存関係を断ち切るってのはどうだ?」  俺は、馨の斬新なアイデアに目を見張った。 「なるほど……。でも、協力してもらうっていっても、俺、誰とも面識ねえぞ?」  ――天花寺義重……なんてどうやって会うんだって話だし、第一まっぴらごめんだ。もちろん雪乃夫人も、葵って妹も……。  俺はそこで、はっと思いついた。  ――黒川詩織六段。彰の実母。  ペア碁大会の時、彼女は彰のことをずっと見つめていた。息子に愛情があるのは、確かだ。その話をすると、馨も賛成してくれた。 「問題は、どうやって彼女とコンタクトを取るかだよな」 「それなら、ちょっと待ってろ。確か……」  馨は、何やらスマホで検索し始めた。しばらくして奴は、うん、と大きく頷いた。 「やっぱりだ。黒川六段は、『マロン』という碁会所で、定期的に指導碁をやってる」 「本当か? じゃあ、そこを訪ねてみるかな」  馨は、わざわざ彼女の指導碁のスケジュールを調べて教えてくれた。俺は、親友の優しさに、心から感謝したのだった。  もう時間も遅いので、俺はそのまま馨の部屋に泊めてもらうことにした。風呂上がりに二人でビールを飲んでいると、馨はこんなことを言い出した。 「そういえば、『文月』つぶれるかもしれねえぞ」 

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