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第114話 恋をして、弱くなった
「彰七段と話すつもりは無いのか?」
「……」
何をどう話せというのか、と俺は思った。昨日の様子を見る限り、これ以上匠のことを話しても、彰が信用してくれるとは思えない。第一、今朝になっても、彰からは一通のメッセ―ジすら来ていないのだ。もうあいつは、俺のことを完全に見限ったのかもしれなかった。
「このまま逃げ続けるつもりかよ? それじゃ、その匠って奴に完敗だぞ? お前、それでいいのか?」
黙り込む俺を見て、馨は苛ついたように大声を上げた。
「お前、いつからそんな弱気になったんだよ? 負けず嫌いが、お前の売りだったじゃねえか?」
「分かったよ」
俺は渋々頷いた。
「彰と、ちゃんと話をするから」
「それならいいけど」
馨は、ほっとしたような顔をした。
「まあ、どうしても上手くいかないようだったら、いつでもここに泊まりに来いよ? ネカフェなんか止めとけよ」
礼を言いながらも、それはできないな、と俺は思った。馨は、彼女ができそうな気配だからだ。俺が泊まっていたら、その子を呼べないではないか。こんなにいい奴なのに、ビジュアルが冴えないのと奥手なのとで、馨はもう四年ほど彼女がいないのだ。本人には言えないが、これは千載一遇のチャンスである。親友の俺が、それを邪魔するわけにはいかなかった。
しかし、馨にはそう言ったものの、やはり彰のマンションに戻る勇気は出なかった。確かに、このままでは匠に負けていることは分かっている。俺が出て行って、あいつはしてやったりとばかりに、彰と二人仲良く過ごしているのだろう。それを考えると、はらわたが煮えくり返りそうだった。それでも俺は、決心がつかずにいた。
――確かに、負けず嫌いが俺の唯一の取り柄だったのになあ。何でこんな風になっちまったんだろ……。
俺は、しみじみと自分を振り返った。
――恋をしたから、かな。
きっとそうだ、と俺は思った。彰を本気で好きになったことで、自分はびっくりするくらい弱くなってしまった。
――でも、そもそも、俺って何であんなに負けず嫌いな性格になったんだっけ……。ああ、そうか。
俺は、はたと思い出した。天花寺義重。そう、他ならぬ彰の親父のせいではないか……。
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