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第116話 絶対、プロとは関わらない

 俺は、焦った。きっと、天花寺義重の部屋で落としたのだ。スタッフたちと揉み合っていた時にでも、鞄から滑り落ちたのだろう。 『すみません! さっきの部屋に、もう一度入らせてください!』  俺は、スタッフたちに懇願した。あれは、親父が俺のために丹精込めて作ってくれたものなのだ。しかし彼らは、全く取り合ってくれなかった。 『天花寺先生は、今ご休憩中なんだよ。邪魔をするな』 『で、でも、あの部屋で落とし物をしたんです! それを取りに行くだけですから……』  天花寺義重は、俺が勝手に入って来たことを相当怒ったらしかった。そのせいだろう、俺が何を訴えようが、スタッフたちが耳を貸すことは無かった。  ――どうしよう。せっかくお父さんが作ってくれたのに、落としたなんて言えない……。  正直、イベントなんかもう帰りたい気分だったが、親父に無理にせがんだ手前、そうも言えない。よりによってその後の催しは、天花寺義重がゲスト出演する、子供向けの囲碁講座だった。何も知らない親父は、喜々として俺を連れて行こうとする。俺は仕方なく参加した。しかし、そこで見た光景に、俺は愕然とした。  その講座で天花寺義重が使っていたのは、俺の親父が作ったノートの中の解説図だったのだ。 『分かりやすいわあ』 『天花寺先生って、打つだけじゃなく、教える方も優れていらっしゃるんだなあ』  観客たちは、口々に騒いでいる。親父は、横で蒼白な顔をしながらも、わけが分からないといった様子だ。俺は、かっとなった。 『おい! それは俺のお父さんのだ!』  俺は、思わず大声を上げていた。 『お前、パクリやがったな!』 『君! 天花寺先生に向かって、何てことを!』  真っ青になったスタッフたちが、一斉に駆け寄って来た。そのまま俺たち親子は、つまみ出された。 『昴太。どういうことなんだ?』  俺は仕方なく、親父にさっきの出来事を白状した。 『本当に、ごめん。落としたりして。でもあの野郎、パクるなんて。許せねえ……』 『別にいいさ。お前には、また作ってやる』  そう言いながらも、親父の横顔は沈んでいた。俺はその時、胸に誓ったのだった。  ――プロ棋士なんて、うわべだけの卑怯な奴だ。絶対、俺はプロになんかならねえし、プロとは一切関わらねえからな……。

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