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第117話 俺の所に来ない?

 俺は、その誓いを守った。碁自体は好きだったから、その後も続けた。その結果、大会で注目されるほどの実力をつけた俺には、院生(囲碁のプロ棋士を養成する機関に所属する子供のこと)にならないかという声もかかった。でも俺は、頑としてつっぱね続けたのだった。  親父はあの後程無くして、病気で亡くなった。『また作ってやる』という俺との約束は、果たせずじまいだった。親父はそのことを、亡くなる直前まで気に病んでいたようだった。  だから、囲碁のインストラクターになってからというもの、俺はずっとこんな気概を持って頑張ってきたのだ。  ――プロにはならなかったけど、実力と指導力ではプロには負けない……。  それにしても、と俺はしみじみ思った。  ――俺を強くしたのが天花寺義重で、弱くしたのが息子の彰だなんて……。  俺はどれだけ天花寺家に振り回される運命なのだろう、と俺は自嘲したのだった。    仕事の休憩時間、スマホが鳴った。一瞬彰かと思ってドキリとしたが、かけてきたのは影山さんだった。  「昴太くん、大丈夫? ほら、後で連絡してくれって言ったのに、何も言って来ないから不安になって……」 「ああ、すみません」  そう言えばそんなことを言われていた、と俺は思い出した。 「彰七段とは、無事仲直りできた?」 「――はい」  心配させないよう、俺は嘘をつくことにした。しかし影山さんは言った。 「嘘でしょう。声を聞けば分かるよ」 「……」 「昴太くん。今晩泊まるあてはあるの?」 「――ネットカフェでも行こうかと」  騙し通せる気がせず、俺は仕方なく本当のことを言った。すると影山さんは、すっとんきょうな声を上げた。 「ええ? ダメだよ。あんな所に行ったら、昴太くんみたいに可愛い子は、狙われるよ?」 「まさか。女じゃあるまいし、大丈夫ですって」 「いや、心配だ。それに、今晩はそれでしのげても、明日からはどうするの?」  俺は、うっとつまった。そんな俺に向かって、影山さんはとんでもないことを言った。 「よかったら、俺の所に来ない?」

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