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第121話 あいつのためにできる、最後のこと
それから数日後。俺は、黒川詩織六段に会いに、碁会所『マロン』を訪れた。
俺と彰は、もう終わった。でも、もし彰に新しい恋人ができたら、俺は今度こそ奴に幸せになって欲しいと思っている。そのために俺は、彼女の協力を仰ぎたかったのだ。
――このままだと、彰に恋人ができるたびに、匠は邪魔をするだろうから。そんなことを、許すわけにはいかない……。
それは、俺が彰のためにできる、最後のことだった。
詩織さんは、静かで落ち着いた雰囲気の女性だった。指導碁を受け終えた後、俺は思い切って彼女に話しかけた。
「この後、お時間ありませんか? 少し、お話がしたいんです。僕は、彰の元恋人です」
向かい合ったカフェで、詩織さんは驚く風でも無く俺に尋ねた。
「元……ということは、もうあの子とは別れたということ?」
「はい……。あの、彰が男を好きというのは、ご存じだったんですか?」
ええ、と彼女はあっさり頷いた。こういう堂々としたところは息子に似ているな、と俺は密かに思った。
「別に構やしないじゃない、そこに愛情があるなら。男女の夫婦だって、その間に愛情があるとは限らないんだから」
俺はドキリとした。
――天花寺義重と、その正妻のことを言っているのだろうか……。
「失礼なことを聞いてすみません……。あの、どうして、彰を手放したんですか」
「あの子が、そう言っていたの? 自分はなぜ捨てられたんだろうって」
「いえ、そういうわけではありませんが……」
むしろ、彰の口から母親が語られたことは無い。俺がどう続けようか迷っていると、詩織さんは淡々と語り始めた。
「あの頃は、私も若かったから……。政略結婚だと分かってはいたけれど、彼が他の女と結婚したことが、私は悔しくてたまらなかった。それで、浅はかにもこう考えたわけよ。私に子供ができれば、彼は離婚を考えてくれるんじゃないかって。ところが、事態は思ってもみない方へ進んだ」
「……」
「いくら雪乃さんに子供ができないからって、私の産んだ子を、天花寺家の息子として迎え入れるだなんてね……。碁では滅多にヨミ間違えないんだけどなあ。恋愛では、誤算だらけ」
詩織さんは、大して可笑しくもなさそうに笑った。
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