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第123話 あなたは、きっと彼を救える

「それに」  詩織さんは、淡々と続けた。 「もしあの子が、ずっと匠くんと生きていく道を選ぶのなら、別に反対する理由は無いわね。血が繋がっていない以上、彼らの関係は禁忌とは言えないのだから」  ――そんな。  俺は、がっくりとうなだれた。すると詩織さんは意外にも、俺を見つめてにっこり笑った。 「冷たい母親と思うでしょう? でもね、彰を救ってやれるのは、私ではないと思うの。それは、風間さん、あなたでしょう」 「僕……?」  俺は、驚いて彼女の目を見つめ返した。 「そうよ。あなた、ペア碁大会に来られていたでしょう?」  ――俺を、覚えていた……? 「あの時の、あの子とあなたが見つめ合う様子を見て、ピンときたの。きっとそういう関係なんだろうなって。だから、今日来られた時も、恐らく彰のことで話があるんだろうと思ったわ」  俺は、思わず赤くなった。 「風間さん、あなた、彰をまだ好きなんでしょう?」 「はい、もちろんです」  俺は、間髪入れずに答えた。 「だったら、あなたはきっと彰を救えるわ。何故なら、彰もあなたを愛しているから。あの子が、あんなに愛しそうに誰かを見つめる姿なんて、私初めて見たのよ」  詩織さんは、もう一度微笑むと、俺の手に自らの手を軽く重ねた。 「誤解しないでね。協力しないというわけじゃないのよ。でも、カギを握っているのは、あなたたち二人だと思うから。――今さら母親の勘、なんて言う資格は無いけれどね」  帰り道、俺はあれこれと考えを巡らせていた。  ――彰のお母さんにああ言ってもらえたのは嬉しいけど。でも、具体的にどうすればいいんだろう……。 「昴太くん!」  アパートの最寄り駅に着いたところで、俺は影山さんに声をかけられた。彼は、どこかへ出かけていた帰りらしかった。 「偶然だね。一緒に帰ろうか」 「はい」  肩を並べて歩きながら、影山さんはためらいがちに聞いてきた。 「その……。聞きにくいんだけど。彰七段とは、その後どうなっているの?」 「――ええと」  俺は、どう答えようか迷った。匠に追い返されてマンションから戻って来た後、影山さんは何も聞こうとしなかった。でも、何かあったということには、恐らく勘付いているはずだ。  ――普通で言えば、別れた、ってことになるんだろうけど。でも、詩織さんにも背中を押されたし……。 「やっぱり、もう一度彰と話をしてみようと思ってます。色々心配をかけてすみませんでした」 「――ふうん」  影山さんは、それきり黙り込んだ。何となく気まずいムードのまま、俺たちはアパートへ帰り着いた。俺は彼に挨拶して、自分の部屋に入ろうとした。しかし影山さんは、俺が閉めようとしたドアを手で押さえると、するりと中に入り込んできた。

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