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第126話 婚約が決まりました

 その夜、俺は一晩中、例のUSBに入っていた動画を観て過ごした。匠の奴が撮りやがったものではあるが、これは俺と彰の、唯一の愛の証だからだ。  動画の中の二人は、しっかりと抱き合いながら、激しく口づけを交わしていた。俺はその動画を、繰り返し再生しては眺めたのだった。  気が付けば、もう朝だった。今日は日曜で、仕事も休みだ。さすがに眠気を覚えた俺は、少し横になることにした。  しかし、俺が布団を敷いていると、馨から電話がかかって来た。奴は何やら、切羽詰まった様子だった。 「おい、ネット見たか?」 「は? 何が?」  俺はきょとんとした。 「見てねえのかよ! 取りあえず、吉田菜乃初段のSNS見てみろ!」  ――吉田初段? ああ、囲碁界のアイドルか。でも、彼女がどうかしたってのか……?  俺は、立ち上げたままのパソコンで、彼女のSNSを検索した。ヒットした最新の投稿に、俺の目はくぎ付けになった。 『私事ながら、この度、天花寺彰七段との婚約が決まりましたことをご報告します』  ――何だって。  投稿日時は、昨夜。掲載された写真には、彼女と彰だけでなく、天花寺義重、雪乃夫人、そして匠も一緒に写っている。どうやら、ジョークでは無さそうだ。俺の脳裏には、昨日の彰の台詞が蘇っていた。 『今日という今日は、君に愛想が尽きたよ』  ――だからって。変わり身早すぎだろ……。 「どういうことだよ? お前、彰七段とちゃんと話したんじゃなかったのかよ?」  黙り込んだ俺に、馨は焦ったように呼びかけてくる。ようやく、俺は言葉を発した。 「悪いけど、一人にしてくれ」  まだ何か言おうとしている馨に構わず、俺は電話を切った。その途端、通話が終わるのを待っていたかのように、再びスマホが震え出す。仕方なく手に取って、俺はドキリとした。  ――彰。  「もしもし!」  俺は、慌てて通話ボタンを押した。しかし、返って来た声は、彰のものでは無かった。少し笑いを含んだ声が、歌うように言う。 「着信拒否は解除したんですね」  ――匠。

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