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第127話 強引な真似、してもいいです

「何で、彰のスマホから……」 「僕の番号じゃ、出てくれなさそうだから」  匠は、けろりと言った。 「もうご存知のようですね、婚約の話。残念ながら、フェイクニュースじゃありませんよ。囲碁界は、その噂で持ちきりです。若手イケメン棋士と、囲碁界のアイドルの婚約ですから」  匠の言葉を聞きながら、俺は違和感を覚えた。あれだけ彰に執着していたというのに、奴は彰の婚約に、少しも動じていないようなのだ。むしろ、喜んでいる様子すら窺える。さっきの写真でも、匠は笑みを浮かべていた。まるで、心から兄を祝福する弟のように。 「お前、やけに平然としてるな。大好きな彰が結婚して、平気なのかよ?」 「別に?」  匠は、こともなげに答えた。 「兄は、女性には一切関心がありませんから。吉田初段と結婚したところで、彼女に指一本触れることはありませんよ。だから僕にとっては、何も問題じゃありません。――どこの馬の骨とも知れない男にかっさらわれるより、何十倍もましだ」 「おい、それって俺のこと……」  言いかけて、俺ははっとした。  ――まさか。 「この婚約を仕組んだのって、お前か!」 「仕組むだなんて、人聞きの悪い言い方をしますね。僕はただ、父に進言しただけですよ。彰兄さんは男性との恋愛にはまっているようだけれど、それでいいんですかって。僕と違って兄は、父にとって実の息子だ。おまけに大切な天花寺家の長男、跡取り息子。囲碁の名家が、兄の代で途絶えては困りますからねえ。父は何としても、女性と結婚させるべく、奔走したんですよ」 「――お前……。悪魔か!」  俺は電話口で絶叫していた。 「とんでもない。天花寺家にとって、僕は天使ですよ。血の繋がらない父ですが、初めて僕に感謝してくれました。そして、僕もね。元三冠の実力は、碁に限らなかったみたいだ。上手く兄を騙して、婚約発表の場に引きずり出してくれましたよ。昨夜から兄は、天花寺の家に実質軟禁状態」  もはや声を発する気力も無く、俺はぽとりとスマホを落とした。電話口からは、最後にこんな言葉が聞こえてきた。 「これで、あなたが兄を取り戻すことは、永久に不可能になりましたね。風間さん、短いお付き合いでしたね。それじゃ」  電話が切れた後も、俺はしばらく呆然としていた。すると、コンコンとドアをノックする音がした。ドアを開けると、影山さんが心配そうな顔をして立っていた。 「大丈夫? ――その、俺もネットを見たんだけど」  影山さんは、言いにくそうに言った。 「昴太くんが、ショック受けてるんじゃないかと思って……」 「徹郎さん」  俺は、影山さんにぎゅっと抱きついた。 「昨日、強引な真似はしたくないって言ってましたよね。――しても、いいです」

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