129 / 168
第129話 僕の意思じゃない
俺は、布団の上に起き上がると、影山さんに頭を下げた。彼は、呆然とした顔をしていた。
「俺から誘っておきながら、ごめんなさい。でも、どうしてもダメなんです……」
影山さんは、複雑そうな表情を浮かべたが、やがて渋々といった様子で頷いた。
「分かった。今は気持ちが混乱してるんだろう。俺も、つけ込むような真似して悪かったよ」
「一人にしてもらえますか?」
「――ああ」
影山さんは、そそくさと自分の部屋へ帰って行った。何をする気にもなれず、俺はその日一日、布団の上で膝を抱えて過ごした。馨からは気遣う内容の、影山さんからは詫びる内容のメッセ―ジがそれぞれ届いたが、どちらにも返信はしなかった。何故か匠からも、何回か着信が入った。もちろん無視した。どうせ、俺を嘲るつもりに違いないからだ。
――もう二度と、彰に会えないのかな……。
そう考えると、俺は何だか泣きそうになった。
――三十万だって、せっかく取り返してくれたのに。礼も言えずじまいだった……。
その時、ノックの音がした。俺はため息をついた。
――また影山さんかな。一人にしてくれって言ったのに……。
「すみませんけど、今日は……」
そう言いながらドアを開けた俺は、目を疑った。肩で息をしながらそこに立っていたのは、彰だったのだ。髪は乱れ、スーツには皺が寄り、明らかに尋常では無い様子だった。
「お前、何でここに……」
「ネットを見て、誤解してるんじゃないかと思って。婚約は、僕の意思じゃない」
彰は、激しい口調で俺の言葉を遮った。
ともだちにシェアしよう!