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第130話 前言を撤回する

 彰は、機関銃のようにまくしたて始めた。 「昨日は、ひどいことを言って悪かった。つい頭に血が上ってしまって……。あの後、父に突然呼び出されたんだ。それで天花寺の家に行ったら、あれよあれよという間に婚約のお披露目の場に連れ出されて。父に騙されたんだよ。それからずっと、家に閉じ込められていた。助けてくれる人がいて、ようやく抜け出すことができた」 「まあ、取りあえず上がれよ」  俺は彰を促したが、奴は警戒するような目で部屋の中を見回した。 「影山は? あの男はいないのか?」 「影山さんなんて、いないけど?」  そう答えると、彰はきょとんとした顔をした。 「どうして? 彼と暮らしてるんだろう?」  ――そうだ、こいつはそう思い込んでやがるんだった。 「このアパートは、影山さんのお父さんの所有なんだよ。俺は、彼の口利きで安く貸してもらってるだけ。部屋は別々。昨日は、偶然帰りが一緒になっただけなんだ。彼とは、何でもない」  言いながら俺は、今朝の自分の行為を思い出し、罪悪感を覚えた。しかし彰は、その説明で納得したらしく、一転してほっとしたような表情を浮かべた。 「そうだったのか。誤解して、悪かった……」  俺は、彰を部屋に通した。コーヒーでも入れてやろうと、キッチンに立とうとすると、何故か彰は俺を押しとどめた。奴は、妙に真面目な顔つきで姿勢を正すと、俺に向かって深々と頭を下げた。 「昴太。前言を撤回する」 「は? 一体、何……」 「恋人と弟なんて、比較するものじゃないって言ったことだ。そして、謝りたい。匠を信じて、君の話に耳を貸そうとしなかったこと」  俺は、息を呑んだ。 「どうして急に、そんなことを?」  彰は、顔を上げると、真っ直ぐ俺を見つめた。 「君が出て行く前に、『文月』を辞めたことを僕が匠に漏らしたのか、と言ったろう?」 「うん」 「あの時、おかしいなと思ったんだ。僕は、君の仕事のことやプライベートなことを、匠に話したりはしていない。そりゃ、可愛いとか料理が上手いとか、のろけたりはしたけれど……」 「おい……」  俺は思わずツッコミかけたが、彰の表情は真剣そのものだった。 「そうしたらその矢先に、文月九段にこんなことを言われたんだ」 「洋一さんに? 一体、何を?」

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