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第135話 ずっと暴力を振るわれていたんだ

「もちろん、吉田初段とそのご両親には、きっちりとお詫びしなければいけないけれど……。彼女に、罪は無いから。むしろ被害者だろう。僕のファンだったのを、僕の父と匠に上手く利用されたんだ」  婚約を企んだのが匠だということも、彰はすでに知っている様子だった。 「匠さんのことは、どうすんの?」  思い切って尋ねると、彰は暗い表情になった。 「あのマンションに残すしかないだろう。本当は、一人にするのは不安だけれど。今回は狂言だったが、身体が弱いのは本当だから……。誰か他に、一緒にいてやる人間がいるといいんだが。一番いいのは、僕のことは吹っ切って、恋人を作ることなんだろうが……」  あの様子じゃとても無理だろうな、と俺は思った。 「まあ、たまにマンションに様子を見に行ってやるくらいだろう、僕にできることがあるとすれば」  彰は、苦い表情で呟いた。 「前に君が、実家に戻らないのかって、匠に聞いていたろう?」 「うん」 「確かに、普通に考えたらそうだよね。でも、それだけはさせたくない。たとえ匠が、どんなにひどいことをやったとしてもだ。それは、彼の育った環境を、僕が一番よく知っているから……」  『あの家は決して居心地のいい場所では無かった』『荒んだ家庭』という匠の言葉が、俺の脳裏に蘇った。彰は、そっと俺の肩を抱いた。 「昴太。匠はね、ずっと母親から暴力を振るわれていたんだよ」 「ええっ?」  俺は、驚いて彰の顔を見た。 「だ……だって、雪乃さんて、匠さんの実母だろ?」 「確かにね。でも彼女は、何かというと匠に当たっていた。恐らく彼女は、僕に対する怨みを、代わりに彼にぶつけていたんだと思う」 「……」 「もちろん僕に対しても、彼女は嫌がらせをした。でも僕は負けずに戦ったし、何よりも僕は、天花寺家の後継者だ。そしてそれに見合う、文句を言わせないだけの実力もあった。そんな僕に、雪乃さんはぐうの音も出なかったんだよ。だから彼女の鬱憤のはけ口は、弱い匠に向かった。――それと、これは僕の憶測だが、愛人の子をいじめたのでは、あまりにもあからさまだからだろう。きっと、屈折した形で怒りが表れたんじゃないかな」 「それで、お前が匠さんを庇ってやったんだな?」 「ああ。でもそれが、こんな結果を招くとは」  彰が、辛そうに下を向く。俺は思わず、彰の腕をほどくと、奴の身体を抱きしめた。

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