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第136話 絶対囲碁なんかやるもんか

「昴太……?」 「お前のせいじゃねえ!」  俺は彰を抱きしめたまま、必死で言葉を紡いだ。 「お前は、ただ弟を庇ってやっただけだ。お前には、何の責任も無いんだよ! それに、雪乃さんや匠さんもだ。雪乃さんは、きっと不倫されて辛かったんだ。匠さんだって、そんな環境じゃ、お前一筋になって当然だと思う。だから……こう言っちゃなんだけど、一番悪いのは、お前の親父なんだよ!」  ありがとう、と耳元で小さな声がした。同時に、肩がじわりと熱くなる感触がして、俺はドキリとした。  ――彰が、泣いている。 「――昴太の言う通りだよ」  ややあって、彰は俺の身体をそっと引き離した。奴の頬は涙で濡れていた。 「葵が家を出たのも、父のせいだから」 「妹?」 「うん。あの子は、唯一父と雪乃さんの間にできた子でね。しかも初めての女の子だ、二人とも大喜びして、大切に育てたよ。立派な女流棋士にって、随分期待していたようだ。もちろん、僕や匠も葵のことは可愛がった。――でも、そんなあの子も、あの家にはうんざりしたみたいでね。というより、父に、だろうけど……。絶対囲碁なんかやるもんかって、家を飛び出してしまった。碁そのものを捨てるなんて、僕や匠には無い強さだと思ったよ」  彰は、顔を歪めて笑った。 「皮肉だよね。あの夫婦の間にできた、なけなしの子供だったのに……」  そこで彰はふと、俺の顔を見た。 「ところで昴太、父と何かあったの? 昨日、父のことを言っていただろう?」  ――最後の台詞、聞こえていたんだ。  俺は、昔のイベントでの出来事を彰に話した。聞き終えると、彰は吐き捨てるように言った。 「あの男のやりそうなことだ。卑怯な……」 「ごめん、ひどいこと言って。親父とお前は、関係無いのにな」 「まあ、確かに関係は無いね。あの男は、僕に愛情なんて無い。彼にとって僕は、単なる囲碁の後継者でしかないから。僕への婚約の押し付けを見ても、分かるだろう?」  そうかなあ、と俺は思った。結婚後も関係を続けるくらいだ、天花寺義重は詩織さんのことが好きなのだろう。好きな女が生んだ子なら、普通は愛情があるんじゃないだろうか……。 「でも、そのせいで、昴太はプロを目指さなかったの? 勿体無いなあ。囲碁界の損失だ」  彰が、また大げさなことを言い出す。俺は苦笑した。 「元々、そんな実力無いって。それに俺は、教える方が向いてるから、いいんだ」  しかし彰は、眉をひそめた。 「そういえば、父が盗んだその解説ノートって、昴太にとってはお父さんの形見みたいなものなんだよね? どうにかして、取り返せないかな……」 「別に、いいよ。それにそんなもの、彼だってとっくに捨ててるだろうし」  それでも彰は、何かを思案している様子だった。

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