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第143話 狂人の目に他ならなかった

 俺は、呆然と匠を見上げた。匠がここにいるのも不思議だったが、奴が俺を助けるような真似をするなんて、信じられなかったのだ。  ――いやいや、どうせこの写真をネタに、何か企んでるに違いない……。  しかし、てっきり俺に絡んでくると思いきや、匠はカメラを鞄にしまいこむと、影山さんを見つめた。 「ちょうど良かった。影山徹郎さんですね。兄の盗撮動画を、返してもらえますか?」 「君は……。ああ、天花寺匠五段か。彰七段の弟の。しかし、一体何なんだ、人の部屋に勝手に侵入して。挙句、訳の分からんことを!」 「勝手に入ったのは失礼しました。鍵が開いていたのでね。でも、犯罪を見過ごすわけにはいきませんから」  ――さっぱり、状況が理解できないんだけど……。でも俺、一応助かったのか?  俺は取りあえず、散らばった衣類をかき集めて、身に付け始めた。すると匠は、初めて俺の方を見た。 「風間さん。もうお会いすることも無いと思っていたんですけどね。ここへ来たのは、兄を連れ戻すためもありますが、USBを回収する目的もありまして。ほら、あなた、いつか言っていたでしょう。この影山という人の所に、兄とあなたのセックス動画が送り付けられたって」  覚えていたのか、と俺は驚いた。  ――でも、どうして匠がそれに拘る……? 「さあ、影山さん。早くそのUSBを渡してください」  匠が、影山さんに向かって手を突き出す。 「俺は何も知らない……」 「じゃあ、さっきの写真を、ほのか幼稚園に送り付けますよ?」  影山さんの目が泳ぐ。彼は観念したのか、USBに手を伸ばした。俺は、それを阻止しようと、反射的に彼に取り縋った。 「おい、邪魔すんな! あんな写真が園に送られたら、俺はクビになるだろうが!」 「あいつに渡したらダメなんですよ!」  そう言いながらも、俺は内心混乱していた。  ――いや、影山さんに持たせておくのも危険か? どっちがマシだ? いやいや、匠に渡すのは、絶対まずいだろ……。  すると、匠は俺に向かって言った。 「風間さん。心配なさらなくても、僕はこの動画を流出させたりしませんよ?」 「お前の言うことなんか……」 「これが流出なんかしたら、僕自身が耐えられませんから」  匠は、俺の言葉を遮って、きっぱりと言い切った。 「兄の裸やセックスが、誰かの目に触れるなんて、死んだ方がましだ!」  ――狂ってる。  匠の目を見て、俺は思った。それは、狂人の目に他ならなかった。

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