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第156話 自分に対する報いだ

 ――何てことだ。  俺は、愕然とした。棋士が利き手をやられては、終わりではないか……。 「で、でもすぐ治るだろ? それに左手でだって、打とうと思えば打てるよな?」  俺は必死で問いかけたが、彰は首を傾げただけだった。 「分からない。でもね、僕はこのことを、自分に対する報いだと思っているんだよ」 「報い?」 「僕はこれまで、自信満々で生きてきた。いつも自分のことばかりで、周囲の人間の気持ちを考えてこなかった。昴太や匠、父、母、雪乃さん……。そんな奢りに対して、罰が当たったんじゃないかって」  俺は、たまらない気持ちになった。 「何でそんなこと言うんだよ! お前は悪くないって、前にも言ったじゃんか! あんな家庭環境じゃ、お前はああ生きるしか方法が無かったんだよ!」 「ありがとう。でも、家庭環境うんぬんは言い訳だと思うから。父のせいばかりにすべきじゃない。――僕が、匠の気持ちに気づいてやっていれば……。そうすれば、こんな事件は起きなかったのに。君を、こんな目に遭わせて……」  彰の瞳から、ぽろりと大粒の涙がこぼれ落ちる。そのまま奴は、激しくしゃくりあげ始めた。俺は思わず、彰を両腕で抱きしめた。気が付けば俺も、一緒になって泣いていた。  その後は、てんやわんやだった。天花寺家の次男が起こした殺人未遂事件と、彼の出生の秘密を、マスコミはこぞって報じたのだ。俺のところにもマスコミが押しかけて来たが、馨が追っ払ってくれた。馨は、最近できたという彼女と一緒に、頻繁に見舞いに来てくれた。会社の後輩だというその子は、おっとりした雰囲気で、馨とはお似合いだった。仲睦まじい様子に、俺は心からほっとしたのだった。   そして馨は、驚くべきことを告げた。拓斗が逮捕されたのだという。彰にサラ金から金を借りさせられたことを恨んでいた拓斗は、天花寺家のスキャンダルに乗じて、彰を中傷する噂をネットでばらまいたのだ。しかし、それがきっかけでかえって居場所がばれた奴は、以前の会社での横領容疑で捕まった。ちなみに新条も、拓斗をかくまった容疑で、共に逮捕されたということだった。 「ざまーみろだな、二人とも」  馨は清々しそうに笑っていた。

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