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第157話 引退するらしいです
俺の元には、他にも沢山の人が見舞いに来てくれた。ゲイだとばれた上、こんな事件に巻き込まれて、俺は一体どう思われているのだろう、と心配していたが、皆意外にも暖かく接してくれた。特に俺の生徒たちは、俺の恋人が天花寺彰だと知って興奮していた。宮川さんなどは一転して、「やっぱり孫も習わせたい」と言い出す始末だった。
いずみさんも、遠慮がちに顔をのぞかせた。
「風間先生、あの時は本当にすみませんでした」
彼女は、神妙に頭を下げた。
「先生を陥れるような真似をして、おまけに『文月』を辞めるような状況に追い込んでしまって……。今から思うと、先生に振られたのが悔しくて、無意識に逆恨みしていたのかもしれません。でも、男の人が好きなら仕方ないですよね。ごめんなさい」
もう一度頭を下げた後、彼女は、由香里さんと洋一さんの離婚が正式に決まった、と告げた。由香里さんは多額の慰謝料を得た上、『文月』の店も手に入れたのだそうだ。そして驚くべきことに、離婚協議に際して、いずみさんは由香里さんに全面協力したのだという。
「だって洋一さん、あの温泉旅行の後、別の女の子に手を出したんですよ? 私、もう腹が立っちゃって」
にっこり笑う彼女を見て、俺は、女って怖いな、と思ったのであった。
そして、意外な人物が俺の元を訪れた。彰の妹の、葵さんである。彼女は、目のくりくりした利発そうな女性だった。彰とも匠とも半分ずつ血は繋がっているはずだが、顔立ちや雰囲気は彰にそっくりだった。葵さんは、匠のしでかしたことについて神妙に詫びた後、彰との仲を応援している、と言ってくれた。
「吉田初段との婚約の件も、スムースに解消できましたし。というより、あちらの方から、犯罪者を出した家なんてとんでもないって言って来られたんです」
俺はほっとした。
「あ、それからうちの両親、責任を取って引退するらしいです。ついでに、離婚するみたい」
葵さんは、何でもないことのようにあっさりと告げた。
「もっと早く別れていれば良かったのにって感じですけど。そうしたら、こんな事件も起こらなかったかもしれないのに……」
切なそうに目を伏せる彼女に、俺はふと聞いてみたくなった。
「匠さんて、葵さんから見てどんなお兄さんだったんですか」
「――あたしにとっては、優しい兄でしたよ」
一瞬の沈黙の後、彼女は静かに答えた。
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