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第162話 スカウトしたら、来てくれるかい?
俺は、彰の潔さに感心した。
「すっげえな、お前……」
「まだ買い手はいないって、彼女言ってたし、チャンスかなと思ってね。思い切って相談してみたら、トントン拍子に話が進んで。今日、全ての手続が終わったんだ」
「――じゃあ、棋士は引退するのか?」
――それはそれで、惜しい気もするけど……。
俺は少し残念に思ったが、彰は否定した。
「引退はしない。休場という形を取る。いつかまた、心から打ちたいと思った時に、戻るつもりだ」
「そうかあ……。まあ、でも、お前向いてるかもな。口も上手いし、いい商売人になりそうだ」
俺は思わずくすっと笑った。
「でも、店を買い取る金なんて、持ってたんだ?」
「あ、それならこのマンションを売ったから」
彰はこともなげに言う。俺はまたもや仰天した。
「お前、いつの間に! ていうか、ここってお前名義のマンションだったのか?」
そういえば、転がり込んだ当初、家賃を払うと言ってもけむに巻かれ続けていたな、と俺は思い出した。
「うん。プロ試験に合格した時、お祝いとして父に買わせた」
「お前って、ちゃっかりしてるよなあ」
俺が呆れていると、彰は不意に俺の手を取った。
「ねえ、昴太。君に二つお願いがあるんだけど」
「ん? 何?」
「一つはね、今や囲碁サロンのオーナーとなった僕としては、優秀なインストラクターを一名限定で雇いたいわけだ。スカウトしたら、来てくれるかい?」
彰がにっこり笑う。俺は胸が熱くなった。
「あったり前だろ……」
「ありがとう……。で、もう一つなんだけど。さっき、このマンションを売ったって言ったろう? ――それで、その。前に言っていたみたいに、どこか新しい所を借りて、二人で住まないか? 店を始めたばかりで、まだ収入は不安定だから、こんな広い所は無理だけど……」
やや遠慮がちに、彰が言う。俺は嬉しすぎて、何だか泣きそうになった。
――二人で一緒に暮らして、同じ店で働いて、か……。
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