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第164話 君から説得してくれんかね
それから一週間後。俺は、実家へと向かっていた。お袋、義理の父・隆之さん、そして弁護士も交えて、天花寺義重と示談金の交渉をするためだ。もっとも、中心となって話を進めるのはお袋たちである。俺は、形式的に途中から顔を出すだけに過ぎない。そもそも俺自身は、金を請求すること自体、乗り気じゃなかったのだ。
――だって、彰だってあんな目に遭ったのに……。
家に着くと、お袋は何やら血相を変えて俺を出迎えた。聞けば、天花寺義重は、俺たちが請求した額をはるかに上回る、五百万を支払うと言い出したのだそうだ。
「そりゃ、昴太が殺されかけたことを考えれば、それくらいもらっても当然な気もするけど……。でも、これはこれで何だか感じが悪いわね。札束で頬を叩くのかって」
お袋は、顔をしかめた。そして彼女は、さらに思いがけないことを言った。天花寺義重は、俺と二人きりで話がしたいと言っているのだという。
「私や弁護士さんが一緒でなくていいかしら?」
お袋は不安そうだったが、俺は二人で話すことを了承した。
天花寺義重と向かい合った俺は、何だか感慨を覚えた。向こうは覚えているわけもないが、俺にとっちゃ小四の年にイベントで会って以来、実に十四年ぶりだ。
――随分変わったなあ。
俺はしみじみ思った。あの当時彼はまだ三十代だったのだから、考えてみれば当然だ。それに、さすがのこいつだって、今回の心労はあるだろう。
義重は、事務的な口調で今回の件を詫びた後、こう切り出した。
「こうして君と二人きりにさせてもらったのはね、彰の件だ」
――やっぱり。
「先日、あの子と話をした。もう天花寺の家に戻る気は無い、君と二人で暮らしていくと言っていた」
「……」
「その件に関しては、私はもう反対するつもりは無い」
意外な言葉に、俺は目を見張った。すると義重は、苦笑した。
「もちろん賛成するつもりも無いが。しかし現実問題、結婚はできないだろうから。――殺人の未遂犯を出したような家に、嫁に来る女なんていないだろう」
俺は、返事に困った。
「しかし、ただ一つ、どうしても認められんことがある。彰は私に隠していたが、人づてに聞いたんだ。休場すると」
義重は、鋭い眼差しで俺を見据えた。その目は、かつて俺を部屋からつまみ出した時のそれと同じだった。
「風間君。棋士を続けるよう、君から彰を説得してくれんかね。彰も、君の言うことなら聞くだろう。そのために、示談金の額を上積みした。もしまだ不足なら、君が言うだけの金額を払おう」
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