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第166話 お前は親父とは違うよ

「彰! お前、いつまでぐずぐずしてんだよ!」  流しで朝食の後片付けをしながら、俺は彰に怒鳴った。 「んー。新婚気分を味わってたんだよね。新妻が流しに立ってる姿って、いいなあと思って」  ふざけたことを抜かしながら背後から抱きついてくる彰に、俺は肘鉄をくらわせた。 「馬鹿なこと言ってねえでさっさと支度しろ。今日がオープンの日だって、分かってんのか!」  ――大体、誰が妻だ。  心の中でそんなツッコミを入れながらも、俺はちょっと頬を緩めたのだった。  あれから俺たち二人は、マンションを引き払い、安いアパートに引っ越した。以前とは比べ物にならない狭さだけど、そんなことはちっとも気にならない。そして二人でコツコツ準備して、遂にこの春、店のオープンに漕ぎ着けたのだ。  匠の遺品は、彰と葵さんが二人で処理をした。ほとんどは処分するか、葵さんが引き取るかしたようだ。俺に遠慮してだろう、彰は彼の遺品を何一つ引き取らなかった。ちなみに天花寺義重はもちろん、母親の雪乃さんも、匠の遺品は一切要らないと、引き取りを拒否したのだそうだ。それを聞いた俺は、つくづく匠を憐れに思ったのだった。  初日ということで、俺と彰は早めに店へ向かった。すると、開店前だというのに、すでに宮川さんが待っているではないか。 「宮川さん! 早速、来て下さったんですね」 「そりゃあ、風間先生のめでたい再就職ですからねえ」  宮川さんは俺に微笑みかけると、彰を見て目を輝かせた。 「おお、彰七段。この度はオープン、おめでとうございます。いきなりですが、サインを頂けませんかねえ」  ――本当にいきなりだな。 「もちろん、構いませんよ。本日はお越しいただきまして、ありがとうございます。どうぞご贔屓になさって下さいね」  色紙を突きだす宮川さんに向かって、彰は愛想良く微笑んだ。そんな彰を見て、俺はしみじみ思った。  ――うん、お前は親父とは違うよ。  十四年前に俺を虫けらのように扱った天花寺義重の姿がふと蘇り、俺はいやいやと首を振った。ちなみに、俺の暴言に激怒した義重との交渉は、いったん決裂した。現在は、弁護士を間に挟んで再び交渉中だ。恐らくは、最低限の治療費だけもらう、ということで落ち着くだろう。 「ありがとうございます。いやあ、大切にしますよ」  宮川さんは、嬉しげに色紙を抱えている。すると彰は、突然こんなことを言い出した。 「そういえば宮川さん。以前あなたの元に、昴太を中傷する匿名メールが届いたとか」 「ああ、陰険な真似をする人もいましたねえ」  俺は、横で聞いていてドキリとした。彰は、何やら意味深な笑みを浮かべた。 「あれ、消去しておいてくださいね。特に、添付されていた音声、誰にも聞かれないように」  ――ンなことまだ気にしてたのかよ。人がせっかく認めてやったってのに……!  俺は、ガクッときたのであった。

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