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藤崎はバカだがごく稀に役に立つ②
いつもなら何とも思わなかった2月14日。今年は朝からそわそわしてしまう。
「――翔、翔?」
「へ?あわっ!」
いつ渡せばいいんだろう、やっぱり夜だよなと考えていた俺の目の前に突然佑真さんの顔が現れた。
「どうした?具合でも悪いのか」
心配そうに覗き込んで額に触れる佑真さんの手が暖かくて、優しくて、考えていた事なんか忘れてしまいそうになる。
「あ、いえ大丈夫です。ちょっと考え事してて……」
「何を?」
「な、内緒です!」
何でも白状させられてしまいそうな佑真さんの優しい眼差しから目を逸らした。
さすがに「いつチョコを渡そうかと考えてました」とは言えないだろ。
「内緒って……っく、ふふ」
かわいいなと笑う佑真さんの美的感覚はどこかおかしいんじゃないかとは思うけど、とりあえず追及されなくてよかった。
「そうだ、佑真さんって今日何時くらいに帰ってきます?」
「そうだな……実家に顔を出そうと思っているから何時になるか……」
「そう……ですか」
珍しいな佑真さんが実家に行くなんて。
車で30分ほどの場所にある実家に佑真さんが行くと聞いた事はほとんどなかった。
泊まる事はないだろうけど遅くはなるだろうなぁ。
今日中に渡せればいいんだけど。
「何かあるのか?」
「あ、いえ、バイト休みだから夜ご飯一緒に食べられたらいいなーって思っただけです」
心配そうに見つめる佑真さんに笑いながら答えた。
本当は一緒にいられればいいな、なんて思っていたけど約束してたわけじゃないし、しょうがないよな。
「本当に?」
そんな優しい目で見つめられたら「一緒にいて下さい」と我儘を言ってしまいそうになる。
俺はいつだって佑真さんを独り占めしたくてしょうがないんだ。
「……なるべく早く帰って来てくれると嬉しいです」
「あぁ、わかった」
佑真さんの胸に額をすり寄せ小さく呟く俺を撫でる手の優しさにどこまでも甘えてしまいそうになる。
あまり俺を甘やかすと後で佑真さんが困る事になりますよと思ってはいても、もう少しだけ佑真さんに甘やかされていたいんだ。
急いで帰ってきた俺を出迎えてくれたのは佑真さん……ではなく、大量の荷物だった。
「な、何だこれ」
無造作に置かれた紙袋を覗き込むとバレンタインチョコだろうなとわかるラッピングされた箱がいくつも入っていた。
俺は大事な事を忘れていた。佑真さんはモテる人だった。それもかなり。
大量にあるこれって全部今日もらった物なのか。
佑真さん……あんたどこぞの芸能人かよ。
溜息をついた瞬間、鳴り響くチャイムの音に驚いて転びそうになった。
「帰ってたのか」
「あれ?佑真さん実家に行ってるはずじゃ……」
リビングから出て来た佑真さんに首を傾げると再びチャイムが鳴った。
玄関を開けると宅配業者が花を抱え「お届け物です」と爽やかな笑顔を浮かべていた。
花に詳しくはないけどこれって蘭だっけ、かなり高い花じゃなかったか。しかも鉢植え。
開店祝いじゃあるまいし誰だよそんなもん送ってくる奴。
「おかえり」
花を抱え俺の頭をぽんと撫でる佑真さんって絵になるってやつだよな。
「佑真さんこれって……」
玄関に置かれた大量のプレゼントは聞かなくてもバレンタインの贈り物なんだろうけど。
「あぁ、悪いな。明日には実家に持って行くから今日は我慢してくれ」
「明日って――」
「翔のバイトがないなら一緒にいたいと思ってな。実家は明日にした」
俺の頬を撫で、微笑む佑真さんに嬉しいけど恥ずかしくなってしまう。
とりあえずその花をどこかに置いてくれないと似合いすぎて目のやり場に困る。
荷物を避けながらようやく辿り着いたリビングのソファに身体を沈め大きく息を吐いた。
「佑真さんって毎年あんなにチョコもらうんですか?」
「まぁだいたい」
隣に座る佑真さんは俺を抱き寄せ何でもない事のように言うけど、毎年あの量は凄いと思う。
「あ、だから今日実家に行くつもりだったんですか」
「実家に持って行けば誰かにあげるだろうし、無駄にはならないからな」
「佑真さんってチョコ嫌いなんですか?」
「好きではないかな」
佑真さんの言葉に勢いで買ってしまった自分が情けなくなってくる。
そういえば佑真さんがチョコを食べている所なんて見た事なかった。
もっと考えてから買えばよかったな……。
何も考えずにチョコを買った俺なんかより花を送って来た人の方がよっぽど考えてるじゃないか。
「どうした?」
俺に向けられる微笑みはいつも優しくて、なのに俺は何も返せない。
そんな自分に腹が立って、ゆっくりと近づく佑真さんから顔を背けた。
「翔……?」
「あー……すいません」
「何を怒っているんだ」
「怒ってませんよ」
俺自身に対して腹は立つけど佑真さんに怒っているわけじゃない。
佑真さんが優しければ優しいほど甘えてばかりの自分が嫌になる。
「ほら怒っているじゃないか。お前は機嫌が悪いと離れたがるからな」
あぁそうでしょうね、俺は顔にも出やすいらしいからわかりやすいだろうよ。
「別に佑真さんに怒っているわけじゃないので気にしないで下さい」
「まったく……何が気に入らないんだ?」
何がって……何だかもう何もかもが気に入らない。
一番気に入らないのは些細な事でせっかく佑真さんと過ごせる時間を台無しにしている俺自身だ。
「ちょ……佑真さんっ」
あっという間にソファに押し倒され、真っ直ぐに俺を見つめる佑真さんから逃げられる気がしない。
「話してみろ」
軽く唇に触れた後、優しく微笑む佑真さんのその顔に俺は弱い。
「……花」
「花?さっき届いたあれか」
「それもですけど、あんなにいっぱいのチョコとか……モテすぎる佑真さんとか、そんなのが
嫌だって思う自分も嫌なんですけど、でもやっぱり嫌なんです」
「なんだ、妬いてたのか?」
なんだ、そうかと俺の肩に頭を乗せた佑真さんの声が嬉しそうだ。
佑真さんがモテるのはわかっているし、佑真さんがかっこいいと言われれば俺も嬉しい。
嬉しいけど嫌だとも思ってしまうこの気持ちはきっと、多分……佑真さんが好きだから感じてしまう気持ちだ。
「佑真さんを好きなのが俺だけならいいのにって時々思ってしまって、自分がこんなに独占欲が強いなんて知らなかったです」
「誰に何をもらうよりもお前のその言葉が嬉しい」
「うぁっ……」
佑真さんの透き通るような声が耳元から聞こえるだけでもやばいのに、耳に感じる唇の感触や水音に一気に体温が上がっていく。
「あぁ……そういえばあの花は――」
遮るように鳴り響くチャイムに「俺が出ます」と慌てて起き上がった。
慣れないんだよなぁ……キスも間近で見る佑真さんの顔も。あんなイケメンが俺を好きだっていうのも信じられないくらいなのに、迫られると恥ずかしくて逃げ出したくなってしまう。
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