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第3話
「…ただいま戻りました」
「おう、おかえり~。…って姫夜?なんかお前、顔色悪いぞ?」
「あ、本当だ。大丈夫?怜。少し休んだ方がいいよ」
聴き込みに行っていた姫夜が青い顔をして帰って来た。心配した鏡谷が姫夜に駆け寄る。
「…ああ、ありがとう白雪。…そうだな、少し休ませて…」
そう言い終わらないうちに姫夜の体が傾く。咄嗟に鏡谷が姫夜の体を抱き止めた。
「ちょっ、怜?大丈夫?怜!?」
「揺するな、鏡谷。とりあえず椅子に座らせるぞ」
俺は鏡谷に手を貸し、一緒に姫夜を支え席に座らせた。
「……すみません、茨城さん。…俺…」
「無理して喋らなくていいから、…とりあえず水だ、飲めるか?」
「………は…ぃ…」
鏡谷が取りに行ってくれたペットボトルの水を姫夜に手渡そうとしたが、姫夜はそれを受け取る前に気を失った。
「姫夜?おい、姫夜」
「怜っ!」
「なんだ?どうした!?」
意識の無くなった姫夜に慌てた俺と鏡谷に、ちょうど部屋に入って来た魚住さんが声をかけてくる。
「…それが、外から戻った姫夜が具合悪そうにしてたんですが、気を失ってしまって」
「…有栖川はいねぇのか?」
「あ、有栖川さんはまだ現場から戻って来てません」
「チッ、こんな時に。…分かった、俺が姫夜を病院に連れて行く」
魚住さんはそう言って姫夜を抱き上げる。そして俺達に指示を飛ばした。
「鏡谷は至急、車の手配と病院に連絡。茨城は有栖川に連絡をとり、さっさと病院に来るように伝えろっ」
「はいっ」
俺達は、魚住さんの指示に従い迅速に行動に移した。
そして数時間後、体調が戻り有栖川に寄り添われながら姫夜が病院から帰ってきた。
「えっ、妊娠!?」
「……はい。ご心配をおかけしました」
自分のお腹にそっと手を添え、恥ずかしそうに検査結果を伝えてくれる姫夜。隣に立つ有栖川はご満悦といった表情だ。
「わあ、おめでとう怜。有栖川さんも良かったですね」
「うん。ありがとう白雪君。驚いたけど僕も嬉しいよ」
鏡谷の素直なお祝いの言葉に、満面な笑みで答える有栖川。
「…そうか、姫夜のお腹には新たな命がいるのか」
その隣で俺が感動して姫夜のお腹を見つめていると、姫夜が優しく笑いかけてきた。
「…はい。有栖川さんとの大切な命です。俺、大事に育てていこうと思います」
すでに母親のような顔をしている姫夜に、俺は感慨深いものを感じた。
そんな俺に姫夜がコソッと耳打ちしてくる。
「…いつか茨城さんも、運命の番と結ばれて可愛い赤ちゃんを授かりますよ」
「な、お前、何言ってっ」
同じΩになってから色々と相談に乗ってくれていた姫夜のその言葉に、俺はあわてふためき顔が紅くなるのを抑えられなかった。
「ふふ、その時はママ友になりましょうね」
と微笑み姫夜は有栖川の隣に戻っていった。
俺は気を取り直して、ふと、姫夜を病院に連れて行ったハズの魚住さんがいない事に気づいた。
「…あれ、そういや魚住さんは?」
「ああ、魚住さんなら、遅咲きの恋に出逢ったみたいですよ♪」
「……へ?……恋?……病院で?」
面白そうに笑う有栖川の報告に、俺が呆気に取られていると、騒がしい声が聞こえてきた。
「なぜ貴様と一緒に行動せねばならんのだ」
「たまたまそこで出会っただけだろう。俺は鈴ちゃんと一緒でも全然構わないぞ」
「誰が貴様なんかと!…と、なんだ?貴様らはなぜ集まっている?」
ギャンギャン騒ぎながら入室してきた鈴ちゃん達が俺達に気づき、不満そうに声をかけてくる。
だが、姫夜の妊娠を知ると。
「そうか、怜が母親になるのか!でかしたぞ彩兎!何か必要な物があれば俺に言え!何でも用意してやる!とりあえずケチャップ1年分だな!」
「ケチャップ1年分など妊婦に必要ないぞ。そんな事より、怜ちゃん。出産までの健診は俺の所に来るといい。病院通いは大変だろう」
盛大に喜び不要なモノを用意しようとする鈴ちゃん。そんな鈴ちゃんに釘を刺し灰原は身内の孫を可愛がるように姫夜を労った。
「あ、ありがとうございます。灰原さん。美野崎もありがとな」
と、苦笑しつつも丁寧にお礼を言った姫夜だった。
それから数ヵ月後。
姫夜は元気な男の子を出産した。
更に少し遅れること数週間後、魚住家にも元気な男の子が誕生した。
「…有栖川のとこの赤ん坊も可愛かったけど、魚住さんとこの赤ん坊も可愛かったな」
先日、出産祝いで会いに行った時の魚住さんの親バカぶりも思い出しながら、俺はベッドの上で布団にくるまっていた。
定期的に来るようになったヒートに備え、昨日から休みをもらっていたのだ。
『俺は抑制剤である程度抑えがききますけど、茨城主任はダメです!誰に襲われてもおかしくないレベルです』
『俺達からもお願いします!主任はヒートの間は休んでください』
『俺達、間違いを起こさないって自信がありませんよ』
…と、3度目のヒートの後、望月達に休みを請われたからだ。
「…自分では分からねぇけどな。ただアイツらに迷惑かける訳にもいかねぇし…」
寝返りを打ち、時計を見る。時間はお昼を少し回ったくらいだ。
職場公認で休む事に全く罪悪感が無いわけではないが、寝る事は大好きだ。せっかくだからヒートが来るまで、ゆっくり惰眠を貪ろう。
「……でもま、メシくらいは食うか」
と、ベッドを降りようとした時だった。
視界がクラリと揺れ、足に力が入らなくなった。…そして徐々に身体が火照って行く。
「……は、あぁ…、…きたか…」
俺はベッドサイドに手を伸ばし、あるモノを掴んでギュッと胸の前で握りしめた。
外では装着するソレも、部屋にいる時は外して目につく所に置いている――シルバーの首輪。
それはヒートを乗りこえる為に必要なモノで…
「……はぁ、…はぁ、は、…う、ん…」
思考が溶けていく中、彼の姿だけが心の支えだった。
「……はぁ、…は、………都…筑…」
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