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第5話
あれからまた数ヶ月経って、次のヒートが近付いてきていた。
その間、俺と都筑の関係はと言うと…
「…全っ然、会えやしねぇ」
都筑が鑑識課に監察で来ていた頃はほぼ毎日のように顔を合わせていたが、1ヶ月くらい前にそれは終わってしまった。
(…鑑識と監察じゃ、全然接点ないんだな…)
携帯の番号は教えてもらった。なんならLINEだって俺チャだって、連絡を取ろうと思えば出来る。……けど…
(…都筑のあの性格で『なんとなく俺チャしてみた』って内容に返信をくれるかどうか…)
普段の都筑はとにかく愛想がない。
監察官室室長をしているのだ、毎日多忙を極めている。必要外の事には感心すら持たないだろう。
(忙しいってのは分かってるんだけどな…)
先日、社食で見かけたから声をかけてみた。
『この後、会議だから』
と、さっさと行ってしまった。
(だからって言って、全く愛想がない訳でもないんだよな…)
都筑から声をかけてくる時もあるのだ。
『目の下にクマが出来てる。ちゃんと寝てるの?』『今日は顔色いいね』『寝癖があるよ、ちゃんと直しなよ』等々。
(……母親かよ)
俺は苦笑いして、「はあ…」と大きなため息をついてしまった。
「ずいぶんとデケェため息だな。なんか心配事か?」
「魚住さん、茨城さんは今、恋煩い中ですから♪」
捜査一課に来ていた俺は、人が疎らで多少気が抜けてたらしい。部屋に残っていた二人
に声をかけられびっくりしてしまった。
「わ、なんだ。魚住さん達居たんですね」
「…確かに、ボケてはいるな」
「僕達に気づかないくらいですからね、相当ですよ」
呆れる魚住さんと楽しそうにも見える有栖川に、ちょっとムッとする。
「何が相当だよ。俺はボケてません~」
「あ、輝矢くん♪」
「え?…」
有栖川の言葉に反応して思わず振り返ってしまう俺。
が、ちょうど部屋に入ってきたヤツと目が合い、気まずい思いをする。
「と思ったら、人違いでした♪」
「…有栖川、お前なぁ。俺で遊んで楽しい?」
「ええ、まあ♪」
「…茨城をからかうなよ、有栖川。だが恋煩いってのは、強ち嘘ではねぇみてぇだな?」
有栖川を嗜めつつも、俺を見てニヤリと笑う魚住さん。
「な、何、言ってんですか、魚住さんまで。有栖川の言う事なんて鵜呑みにしないでくださいよ」
「あ、輝矢くん♪」
「…有栖川、お前な。二度も引っ掛かると思うな…」
「何してるの?」
と、俺の斜め後ろから急に都筑本人が現れた。
「…え、都筑…?」
「おう、都筑。なんか用か?」
「キミ達に用はないよ。それより何をしてたの?」
そう言いながら都筑は、俺と魚住さん達の間に立つ。まるで二人から俺を引き離す…ような?
「くっ。そんな警戒しねぇでもいいんだぜ?」
「そうですよ♪僕達もう番もいますしね。茨城さんに手を出したりしませんよ♪」
「……誰もそんな事、聞いてない」
面白がる二人に、不機嫌な声になる都筑。
俺は慌てて都筑の顔を覗きこんだ。
「もしかして俺に用があったのか?」
焦りつつもニコニコと笑って都筑に声をかけると
「…茨城」
「…ん?」
「行くよ」
と手を掴まれ、部屋の外へと連れ出されてしまった。
「くくっ。可愛いげのねぇ王子様だな」
「ふふ、輝矢くんの方は恋煩いどころか、拗らせちゃってるみたいですね♪」
誰もいない廊下をスタスタ歩き、人気のない階段を降りて踊り場まで来ると足を止めた都筑。
「…どうしたんだよ、都筑」
俺が躊躇いがちに声をかけると、ひとつ息を吐いてゆっくりと振り返った。
「…次のヒートはいつ?そろそろだったよね?」
「へ?あ、ああ。…今週中にはくんじゃねぇかな?」
「…そう」
手は掴まれたまま。まっすぐに俺と視線を合わせる都筑が俺の方に一歩近づき、くんっ、と匂いを嗅いだ。
「…微かだけど甘い匂いがしてる。もうすぐだね」
そんな都筑の仕草に鼓動が高鳴る。
「…あ、ああ」
俺が心臓をバクバクさせていると、都筑がとんでもない事を言い出した。
「キミのヒートに合わせてボクも休みを取るから、少しでも異変を感じたら連絡して」
「……へ?、えっ?」
「それとヒート中はボクの家に来てもらうよ。いつでも来られるように用意しておいて」
「え、ええっっ?、ムリムリムリムリムリっ。なんで都筑の家に?!それに都筑まで休む必要なんかねぇよっ」
「寮だと落ち着かないでしょ。それにこれはもう決定だから」
「なんだよ、それっっ」
…その後、散々ごねてみたが、都筑の決定は覆る事はなかった。
「はあぁ…」
翌日、社食で遅い昼飯を食っていると、ふいに後ろから声がした。
「…なんだ。またため息を吐いてんのか?」
「あ、魚住さん。お疲れ様っす。魚住さんも今からですか?」
「ああ。前、いいか?」
「どうぞどうぞ」
俺の前の席に肉盛り定食の乗ったトレイを置き、ドカッと椅子に座る魚住さん。
「で?ため息の理由はなんだ?」
と食べながら聞いてきた。
「え?…あ、まあ。大したことじゃないんで」
ヘラっと笑い自分も食べかけのマヨ丼を口に運ぶ。大好物なマヨ丼。…味がしない?
「はっ、言いづれぇんなら、無理には聞かねぇけどな。…ん?なんか顔色悪くねぇか?」
「……え?そうですか?……はぁ」
さっきまでは何ともなかった。…けど、魚住さんと同席してから、身体が熱く…
「……この匂い。チッ、迂闊だったぜっ」
「…は、…は、……はぁ、」
体温が上がっていくのが分かる。…いけねぇ、都筑に…連絡…
熱に浮かされた頭でそんな事を考えていたら、目の前の魚住さんが誰かに電話してるのが見えた。
「……都筑か?…ああ?ゴチャゴチャうるせぇ!いいから早く来いっ!…茨城がヒートだ!」
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