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第3話
03
日々は続いた。
父は毎日、部屋を訪れる。
毎日、鈴音を抱いた。
扉が開く。また、父だろうか。身体を起こす程の体力ももはやなく、ただ、目を閉じた。
早く過ぎ去れ。
しかし、聞こえてきたのは高く丸い少女の泣き声だった。
目を開ける。
そこに立っていたのは、鈴音の妹である愛奈と、その肩に手を置く彼女の母親の姿だった。
疲れなど吹き飛んだ。
鈴音は膝を折り、少女と対面した。
妹が泣いている。慰めようと手を伸ばす。柔らかそうな少女の頬に触れる寸前、
「父様を返して」
そう、彼女は言った。
わけもわからず、ただ、動揺するばかりの鈴音を彼女の母親が見据える。腰をかがめ、愛奈に囁いた。
「なんて、かわいそうな子。全部全部、あいつが悪いのよ。あいつが父様を誑かしたの、私たちの父様を狂わせたのよ。なんて、酷い奴。なんて、かわいそうな私たち」
そう言って、愛奈を抱きしめる。
鈴音は呆然としていた。
申し訳なく思った。自分が妹を泣かせているという事実が許せなかった。
せめてと深く頭を下げる。
それが更に、母を激高させた。
母は、愛奈から離れるとかつかつと靴のかかとを響かせながら、鈴音に近づき、彼を見下ろした。
聞こえてきた呪文に顔を上げる。
鈴音の頭上に、空気の圧縮体があった。
「増(ま)せ、増せ、増せ!」
視界が歪む程の圧縮、次第に空気は小さな球体に収まった。
あ、と思った時にはそれがぶつけられていた。
息ができない、全身に重みがかかる。熱く、痛い。
痛い。
視界の隅で、石が転がっていくのが見えた。
魔法の衝撃にでか、パキと脆くも割れた。
妹への贈り物のつもりだった、あの石だ。
「しぶといわね」
ボロボロになりながらも、鈴音は息をしていた。身体への損傷も致命傷はなく、さほど酷くはない。
妹の母は肩で息を繰り返しながら、また呪文を唱え始めた。今度こそもうだめだろう、鈴音は全身の力を抜き、その時を待った。
「何をしている!」
しかし、その時は来なかった。最悪の形で止められた。
愛奈と母の後ろに、父が立っていた。
怒鳴り合う声が聞こえる。
泣き声が聞こえる。
鈴音はまぶたを落とした。
もう、ぐちゃぐちゃだ。
***
鈴音は、ぼうっと工具を眺めていた。
一見するとただの棒だが、その先には平たい刃が付いている。鈴音が、石を彫るのに使っているものだった。
捨てられていたソレをこれまで大切に使ってきた。
ふと、羽ばたきが聞こえた。
こんな場所で、聞き間違いかと思いきや、ドアが開く。あの騒ぎから開け放たれたままになっていたらしい。
現れたのは、いつかの竜だった。
暗闇の中、その赤い瞳だけは鈍く光って見えた。
「人間」
話しかけられ、驚く。
竜は緩く羽ばたきながら、室内に入ってきた。
「人間、平気か。酷い傷だな」
どうして。
鈴音の困惑に気がついたのか、竜は石畳の上に降り立った。それから、頭を下げる。
「あの時は、すまなかった」
竜は真摯に語りかける。
「傷を負って気が立っていたんだ。冷静に考えてみれば、人間、お前は何も悪くない。それどころか、俺を助けてくれたのだろう」
鈴音は唇を噛みしめた。
胸が熱くなる。喉が震える。
「ありがとう」
そう言われた瞬間、どうしてだか涙がこぼれ落ちた。
止めようと手の甲で何度も拭うも、目元が赤くなるだけで、ちっとも涙は止まらない。終いには、嗚咽までこみ上げてきた。
「お、おい、大丈夫か」
今度は竜が困惑している。
困惑し、なぐさめようと、竜は首を伸ばし、鈴音の頬にこすりつけた。
「すまなかった」
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