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第4話
04
竜は鈴音へ頬を寄せながら、思い出していた。
強い怒りのままに、指を噛んだ。
しかし、その人間は何故だか呆然とし、それからかすかに笑った。
強ばった笑みだった。
それが、頭から離れなかった。
自分は彼にとんでもないことをしてしまったのではないかとヒヤリとした。
何度も会おうと試みたが、その日以来、人間の姿を見ることはなかった。
「平気か」
繰り返す。
少年はなおも涙を零しながら、はにかむように笑った。
ため息を吐く。
このワ族は、どうやら、人間のくせに、人間から虐げられているらしい。元々牢だった場所だろうか、暗く湿った空気の流れる地下に閉じ込められ、父親と思しき人物から性的暴力を受けているようにも見えた。
ようやく入れた室内には何も家具がなく、少年自身は、前に会った時よりも痩せ衰えていた。
「かわいそうに」
竜の言葉に、鈴音は目を瞬かせた。
首を傾げる。
竜はもう一度、言った。
「お前はかわいそうだ」
鈴音の笑みが消えた。必死な様子で首を横に振る。竜は眉間に皺を寄せた。
少年は戸惑っているようだった。しかし、その目には確固たる否定の意が見て取れる。
認めようとしないのか。
竜は、人間の持つ自尊心や虚栄が大嫌いだった。
自分の置かれた事態を受け止めない。自分を更に大きく見せようとする。その様が嫌いだった。
翼を広げ、鈴音の側から離れる。
鈴音は、空になった腕の中へ視線を落としていた。何が竜の機嫌を損ねたのかわからなかった。
竜はそれ以上、言葉を発することはしなかった。
部屋から出る。
扉が閉まる際、少年があの時と同じ笑みを薄く浮かべていることに気がつき、振り返らなければよかったと後悔をした。
***
扉には再び、鍵がかけられた。
何がどのように収まったのか、収まっていないのか、鈴音にはわからない。
ただ、父の訪問は止むことなく、父からの行為は続き、鈴音からはもともと乏しかった表情が消えた。
目を閉じ、これまでのように嵐が過ぎるのを待つ。
嵐は、自分にはどうすることもできないもので、だから、待つしかない。抵抗しても無駄なのだ。
『父様を返して』
しかし、そんな中で、妹の声だけは、凪いだ心の中、唯一波を荒立てた。
朝か昼か夜かもわからない部屋の中、鈴音は刃先を見つめる。
こんな細い刃でどうにかできるのだろうか、自信がなかった。
『父様を』
手首の、拍動の強い部分を指で探り、ゆっくりと工具を構えた。
勢いよく、そこを切り裂く。
だらだらと血が溢れる。まだ、足りない。
もう一度と思ったところで、ぐらりと視界が揺れた。手が冷えていく。意識が遠のく。
なんだ、こんなことだったのか。
鈴音は目を閉じた。
後は、待つだけだ。
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