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第6話

  06    目が覚めて、まずは置かれている盆を覗く。  澄んだ色のスープ、パン、それから鳥の肉に赤い色の実が添えられていた。  肉は竜の好物だ。  鈴音はいそいそと、盆を部屋の隅に避けた。それから、着替えを始める。水差しの中の水を使い、できるだけ身体をきれいに拭いた。  髪を整え、扉が開くのを待つ。  父が1度出て行けば、次に部屋を訪れるのは竜だ。そう思うと、嵐が過ぎるのをじっと耐えることもできた。  扉が開く。  あの漆黒の翼が現れた。  羽を羽ばたかせながら、鈴音の元に近寄り、フンフンと臭いを嗅ぐような動きを見せる。  鈴音に新たな傷を見つけると、決まって「平気か」と尋ねてくる。  それが嬉しかった。  鈴音は盆を引き寄せ、竜の前に差し出した。竜は何故だか頬を膨らませて見せたが、肉に食らいつき一飲みにした。   「おいしいですか」 「フン、まあまあだな」  鈴音は微笑み「よかったです」と応じた。  竜はきまり悪そうに俯いた。 「――おい、人間」 「はい」 「お前は何か欲しいものはないのか」 「欲しいもの、ですか?」 「欲しいものや、してほしいことだ」    鈴音は戸惑った。欲しいものが何も思いつかなかった。しかし、してほしいことと言われ、咄嗟に身を乗り出す。   「魔族さんに、ずっと一緒にいてもらいたいです」  竜は大きく目を見開いた。  鈴音はハッと我に返り、頬を赤く染めた。わたわたと落ち着きなく手を動かし、やがては膝を抱え込み俯いた。 「すいません」  消え入りそうな声だった。  少しの間、気まずい静寂が続いた。鈴音は、パッと顔を上げる。未だ呆然としている様子の竜に詰め寄った。 「魔族さんは、何か欲しいものないですか?」 「へ、は?」 「お肉、足りていますか?」 「え、ああ」  竜はゆっくり頷く。頷いてから、慌てて首を振った。 「まあ、足りないといえば足りないな。あんな小さな肉。……お前だって食べるのだから」 「そうです、か」  鈴音はあっという間に空になってしまった皿へ視線を落とした。  それから、竜へ視線を移した。初めて会った時よりも、一回り大きくなったように思える。黒い翼、光沢のある皮膚、無意識の内に手を伸ばしていた。  嫌だろうかと途中で躊躇するも、竜の方から首を寄せてくれた。  固い皮膚だ。けれど、温かい。   「魔族さんはきれいです」 「なんだそれ」 「強そうです」 「……馬鹿にしてるのか」  そんなつもりはなかったのだが、そう聞こえてしまったのだろうか。  不安になった鈴音は手をひっこめ、「すいません」と謝った。  竜もまたそっぽを向き俯いた。 「それよりお前だ。お前、本当に何もないのか」 「え、っと」 「欲しいものとか、してほしいことだ!」 「えっ」  ここで頷いても納得はされないようだ。  鈴音は、何か適当な答えはないだろうかと、懸命に頭を捻った。それから、「あ」と両掌を合わせる。 「卵石(たまごいし)」  初めて聞く単語に竜は首を傾げた。  鈴音は顔を更に赤くし、やや早口で説明を追加した。 「あの、丸い石なんですけど、柔らかくて、削りやすくて、よく」  よく、とは言え、最近はまるで手にしていないが。 「よく、装飾品に使われるんです。あの、模様を彫って、繋げたりして」  次第に語尾が萎んでいく。  これが本当に適当な答えなのだろうかと自信がなくなっていく。 「川辺に落ちているので、何個か、拾ってきてもらえたら」 「川辺? そんなものでいいのか」 「は、はい」  竜はなおも不満げだったが、渋々頷いた。 「持ってきてもらえるんですか」 「まあ、気が向いた時にな」 「はい、待ってます」  実際には、石などどうでもよかった。竜が自分との会話に満足してくれて、また来てくれたらそれでいい。  竜はトコトコと後ずさり、羽を伸ばした。  もう行ってしまうらしい。  竜がこうして部屋を訪れる時間は短い。竜は口に出さないが、魔族がこの城に入ることの危険度の高さは鈴音にもわかっていた。  無理をして、ここまで来ているのだ。  それに見合うだけの対価は絶対に必要だ。そうでないと、来てくれなくなってしまうかもしれない。 「じゃあ、またな」 「……はい。また」 「残り、しっかり食べろよ」  竜は部屋から出ていってしまった。鍵のかかる音とともに、鈴音の笑みが消える。  今度、扉を開ける相手は父だろう。  重い息が漏れる。 

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