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第7話
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その日は、いつもと様子が違った。
部屋に入ってきたのは、父でもなく竜でもなかった。妹でもない。妹の母が立っていた。前に会った時よりも、一層痩せたように見えた。
虚ろな目が、鈴音を見据えている。
「連れて行って」と乾いた唇が動いた。
父との行為を終えた後で、起き上がることすらできなかった鈴音は、母の背後に控えていた男達に両脇を抱えられた。
ぼぉとする頭の中で、警鐘が鳴り響く。まずい、まずい、まずい。
鈴音を引き留めたのは、足に繋がれた鎖だった。
父の捕縛の魔法だ。しっかりと床と鈴音の右足首とを繋いでいる。
「あの人の、魔法……」
抗う力の加わった今、鎖はその姿を輝かせ存在を主張していた。
母の顔が歪む。両頬を掌で覆い、膝から崩れ落ちると同時に甲高い声を上げた。
男達はそれを合図に、動き始めた。
鈴音や妹、母や父のような白い髪、赤い瞳をしていない。黒の瞳はどこか虚ろだ。半笑いに開かれた口から唾液がこぼれ落ち糸を引いた。
魔法だ。操られている。
「王族め」
「憎い」
「王族め」
分厚い皮の掌が、鈴音の口をふさぐ。腰骨にのしかかられ、身動きがとれない。男の数は3人、左右からは手首を押さえつけられ、鈴音は恐怖のあまり目を見開いた。
首を振ろうにもそれも叶わず、足を動かすことも手を動かすことも難しい。
逃げられない。
「憎い」
男達の声がまっすぐに突き刺さる。母の魔法は、人心を完全に操っているわけではない。その燻っていた感情を発露させているだけなのではないかと思えた。
理性を失った男達の瞳の奥、自分への憎しみだけは確かだ。
鈴音は、抵抗を止めた。
重い拳が、振り下ろされる。脳が揺れ、吐き気がこみ上げる。抵抗が止んだことに気がついたのか、左右の男達もそれぞれに、拳を落とし始めた。
単調な、原始的な、だからこそ重い暴力だった。
「ああ、そうだ」
いやに明るい声とともに、母は両手を叩いた。
空中に差し出した掌の上、空気が渦を巻いている。
「こんな鎖、足ごと潰してしまえばいい」
「ラターレ・ミリミーア、増せ、増せ」、歌うように流暢な呪文が聞こえてくる。
足。
繰り返される殴打に、鈴音の目から生理的な涙がこぼれ落ちる。
足、なくなるんだ。
ただ、そう思った。
切り裂くのではなく、潰すといった手段は、鈴音に鈍い痛みを与えた。
***
「人間! おい、人間!」
何度も呼びかけられる声に意識を取り戻す。それとともに、寒気がする程の激痛が鈴音を襲った。
息ができない。汗が酷い。
事態が理解できず、鈴音は周囲を見回す。
男達の姿も、母の姿もなかった。
かわりにあったのは、竜の姿だった。
ほっと息を吐く。知らず、口角が上がっていた。
「人間、平気か、人間」
扉の方を見る。
盆はひっくり、中身を零してしまっていた。それも、踏みにじられている。とても食べられたものでない。
残念に、思った。
「魔族さん」
ここまで来てくれた竜に、支払うものが何もない。
涙で視界が揺れる。
「ごめんなさい、魔族さん」
「何、が」
「ごめんなさい」
あげられるものが何もない。
もう、竜は自分に呆れるかもしれない。
もう来てくれないかもしれない。
「いなくならないで」
竜は困惑した。
困惑しながらも、鈴音の傷の状態を冷静に観察していた。
内出血が酷い。何度か吐いた跡があった。中もどこか傷ついたのか、吐瀉物には血も混じっている。特に酷いのが右足だ。
完全に、変形してしまっている。
鈴音は泣く。
竜の足の爪に、遠慮がちに指で触れ、「行かないで」と泣く。
竜の方が、泣いてしまいたかった。
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