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第8話
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竜にできたのは、自分の持てる知識を利用して、どうにか鈴音の痛みを和らげるところまでだった。
当然足は戻らず、鈴音は起き上がれないままだ。
身体は熱を持ち、息が荒い。
「魔族さん」と時折、呼ぶ声が混じる。
竜は眉間に寄せた皺を一層濃くした。「なんだ」と答えても、それに対する明確な返事はなく、鈴音はただ微笑む。
「……お前、ワ族だろう。人間くらい、魔力でどうにかできなかったのか」
鈴音は目を開き、首を振った。
「僕に、魔力はないから」
『魔力なしのくせに』、そう言われ続けた。
白い髪、赤い瞳という一族の特徴を現しながら、その能力までは引き継がれなかったのだ。
汗が酷い。目にまで流れ込み、瞬きをする。
「魔族さんは、魔法が使えるんですか」
「俺は」
竜は、一瞬、言いよどんだ。鈴音から視線を外す。
「使える。けど、お前の治療ができる程、複雑なものは使えない。……すまない」
長い首を折る。
鈴音はその姿に、「え」と思わず声を零していた。それから、竜が謝った理由に思い当たり、顔を赤くした。
「あ、そんな、つもりじゃ、なくて」
せがんでいるように聞こえたのだろうか、顔を上げてもらおうと、身体を起こそうと試みる。突然、鋭い痛みが胸のあたりに走り、咳き込んだ。
竜がハッと首を起こす。
肘を床につき、肩を揺らす鈴音を見て、その額を鼻先でつついた。
「寝てろ、馬鹿! 動くな、馬鹿!」
勢いにまけ、鈴音はまた仰向けになる。「ごめんなさい」と余計に息を荒くし、言う。
それから、「ありがとうございます」と、笑った。
竜は、フンとそっぽを向く。
その拍子に、視界に半開きになったままの扉が目に入り、ああと思い出した。扉まで行き、その包みの端に噛みついた。
ずるずると鈴音の側に差し出す。
「ほら、これ」
包みがほどける。鈴音は目を輝かせた。
「卵石!」
楕円形の石転がり出る。鈴音はその一つを探りあて、天井にかざした。
竜は、あの言葉を覚えていて、本当に持ってきてくれたのだ。
「そんな石ころの何が」
「魔族さん……」
持ってきてくれた。
鈴音はそれを胸に抱きしめた。呼吸がつらく、空気を吸う度に、どこか引きつるように痛む。竜の処置のおかげで、大分楽になったが、それでも、わかる。
きっと、自分はもう長くはないだろう。
魔族が去り、独りになれば、今の状態に耐えられるようには思えなかった。
「ありがとうございました。本当に、本当に」
竜もまた、感じていた。
今自分がここでいなくなれば、おそらくそれが鈴音との最期の別れになるだろう。
「鈴音」
慣れない名を呼ぶ。
ワ族だというのに、魔族を裏切った一族だというのに、もう人間側だというのに、鈴音はどこにも受け入れられていなかった。
かわいそうだと思う。
側にいてやりたいと思う。
それでも、自分は魔族で、長くここに留まることはできない。ここは、ワ族の城だ。
鈴音を魔族に迎えることもできない。そんな力は自分にはないし、仲間からは絶対に受け入れられない。自分は魔族だ。
「また、明日来る」
鈴音は頷いた。
「はい」
「絶対に来る。必ず、今日の分も上乗せして肉を用意しておけよ」
竜は翼を広げた。宙へと舞う。返事のない鈴音に焦れ、もう1度念を押す。
「絶対だ」
鈴音は、胸に抱いていた卵石を持ち上げ、竜へと向けた。
「お礼は、必ず」
竜は、数回の羽ばたきを繰り返し、鈴音に背を向けた。
扉が閉まる。
部屋は、鈴音、独りになった。
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