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ナイスなミドルでライバル参上 5
「すげーたくさん、ね」
苦笑いしたあと、少し休憩していこうと言い、先に立った総一朗は館内に設けられているラウンジに向かった。
クラッシック――今度は西洋の楽器で演奏されている曲だ――が静かに流れる店内に入り、四人掛けテーブルに向かい合わせで座ると、コーヒーを二つ注文する。
次の機会には歌舞伎、能にも行ってみよう。落語の寄席などもいいかもしれない、などと総一朗は提案した。
「歌舞伎座の花道近くの席が取れたときは役者がすぐそばを通ったりして、とっても良かったわよ。一度見せてあげたいわ」
イイ男たるもの、日本文化の良さをきっちりと認識しておくべきである。
日本人は自国の文化をないがしろにして、やたらと諸外国のものをありがたがるけれど、戦争に負けて以来、卑屈になっているのはどうかと思う、etc……
歌舞伎の話から脱線して、戦後の日本の在り方云々の持論をぶち始めた総一朗に閉口しつつも、創は適当に相槌を打った。
(やっぱり、いくら見かけが若くても、考え方や言うことはオヤジだよなぁ。まあ、四十一じゃあ、しょうがないか)
やがてコーヒーカップの底が見えてきたその時、
「やあ、ここにいたのか。久しぶり」
聞き慣れない声に顔を上げると、仕立てのいいチャコールグレイのスーツに身を包んだ男性がこちらを見て微笑んでいた。
(だ、誰?)
その男は年齢四十前後、一流企業のエリートサラリーマンといった雰囲気を感じさせる紳士だった。百八十近い長身で、漆黒の髪をきれいに撫でつけている。
顔立ちはギリシャ彫刻あたりでお目にかかる、まるで作り物のような美男子で、使い古された表現をすればナイスミドルといったところだろうか。
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